ITのリスク
2030年頃にはFinTechが本格的に実現、あらゆるものが繋がりサイバー上で仮想的に動き出し、社会自身もテクノロジー化していく。また2045年にはAIがよりすぐれたAIを生み出しようになり次々と進化していくシンギュラリティ(技術的特異点)が起こるといわれている。IoT、IoE(Internet of Everything)というが、everythingというと人も神経系で繋がり、病気を治すことも殺すこともできるようになるか。人間のロボット化であり、どんな世界になるのか予想もつかない。ただ、それまでに、そうしたことを管理できる社会になれるとは思えない。技術の進歩と社会、人の進歩が乖離していくが、技術は止められない。更にこうしたテクノロジーも、リアルな戦争、テロ、人殺し、恐怖の手段の一部として利用されるようになるし、既にITを使った洗脳は行われている。ITで、そうしたものの監視はできても対抗手段はない。怖い世界となっている。そういう面ではISは時代に適っていて、世の中、まんまとそれに嵌る方向に動いている。
またIoTの世界ではすべてがソフトウェアに支配される。しかも中央集権だけではなく、PtoPで勝手に動くから、すべてを把握してチェックすることはできない。現状では、誰でもソフトウェアを作れるし、コードが正しくデリバリー、保守されているのかということはわからないし、通信チップに埋め込まれたり、ファームウェアに入っているものを調べる術もない。だから、今のうちに、ソフトウェアが動作する基盤の方でロボット三原則のようにやってはいけないことを把握していてセイフティーに留まれるようにする。そして、そうでないものはネットワークの中に入れず、皆から潰されていくように、全体で信頼性を担保する技術が生み出されてくる。
しかし、これは問題を起さないというものではなく、起きてもできるだけ封じ込める仕組みであり、社会もそうした事を認めないといけない。例えば日本では交通事故によって年間4000人もの人が亡くなっていて、更に渋滞などでも膨大な経済損失がある。自動運転になっていくと、死者は激減し、渋滞もなくなっていく。それなのに少しでも死者が出たらどうしよう、プログラムミスで人が死んだときには誰の責任になるのかといった話ばかりになる。テクノロジーの進化によるリスクを有限責任しない限り、進歩せず、それによって救えたはずの命も救えない。実際は今でも保険がそうしたものの一部をカバーしていて、だからこそ有限責任が成り立っている。しかし例えば個人情報の漏洩問題などのようにITに関してはまだ有限責任になっていない分野も多い。こういう事ができていかないと日本はFinTechや自動運転には対応できない。そういう意味では、サイバーで保険が機能するようになるかは物凄く大きく、これは一種のトリガーであって、後の発展が変わってくる。
尤も、そういう社会設計は、日本人は弱く、コンセンサス作りは結局、米欧に任せることになるだろう。そしてリスクをとった国が膨大な利益を得る。そういう意味で我が国の基幹産業でもある自動車分野であっても、新しい自動運転を日本から世界に広めるのは難しいかもしれない。これもパックスアメリカーナの一環であり、テクノロジーによる安定、利益という部分は、少なくとも今の設計図から言うと米国であり、ここでは根本的には争えないし、日本は、その中での生き残りを考えないといけない。
(聞き手、片岡秀太郎)