本格的武力衝突はどのような状況下で引き起こされるのか
戦争の要因は、利益と恐怖と名誉、今風に言い換えれば、経済的利害、力の優位、価値観ないし統治の正統性をめぐる対立である。だが、対立が必ず戦争につながるわけではない。そこには、戦争を制約する第4の要因がある。
欧州に国民国家が成立して以降、戦争を制約する要因は、多極における力の均衡を通じた牽制であった。だが、排他的な植民地獲得競争と軍拡のスパイラルの果てに、2つの世界大戦を防げなかった。20世紀後半は、米ソ2極による冷戦の時代だった。相互に経済的依存がなく、価値観を異にする両極の戦争を制約した要因は、核による相互確証破壊の恐怖だった。両極の勢力圏の縁辺部では、勢力維持のための介入や、拡張のための代理戦争が存在したが、戦争は、両極の直接衝突ないしは核使用に至らない範囲で管理されていた。
本格的武力衝突を大国が関与する戦争と定義すれば、今日における大国の戦争要因を見ておかなければならない。
まず経済だが、グローバル化社会では、すべての大国が開かれた経済を必要としている。相手を破壊すれば自分も破滅する経済の相互依存は、大国間の戦争を制約している。
つぎに、力の配分を見れば、軍事的なアメリカ一極優位は継続するが、中国、ロシアは、自らの勢力圏と考える地域で米国の優位を中和させる努力を行っている。戦争の動機は、優位を脅かされるアメリカに存在している。だが、経済関係を考慮すれば、戦争という選択肢はない。
さらに、価値の面で見れば、米、中、露の間には、領土や国境をめぐる固有の紛争要因はない。対立は、海洋や宇宙・サイバー空間におけるルールの主導権をめぐるものである。戦争の動機は、挑戦者たる中・ロに存在するが、例えば南シナ海における中国の行動は、軍事紛争の様相を呈しておらず、米国の軍事的介入を避けるよう仕組まれている。ロシアのウクライナ介入は、明確な国際法違反ではあっても、アメリカに力の優位が棄損される恐怖をもたらしてはいない。
大国の国益の観点から、本格的武力衝突が予測されるとすれば、まず、南シナ海をめぐる紛争があげられる。そこは中国にとって、資源(利益)、ミサイル原潜の待機(恐怖)、さらには大中華の復興という正統性(価値)に関わる地域であり、戦争のすべての要因を満たしている。だが同時に、米中は対話を継続し、戦争によらない管理を目指す意図を明確にしている。
むしろ進行中の危機は、ISILをめぐる戦争だ。ISILは、国民国家システムを否定する動機を有しており、大国にとって、統治の正統性をめぐる共通の敵となっている。一方、ISIL後の秩序をめぐっては、民主的政権を展望するアメリカと、アサド政権を擁護するロシアの対立があり、これが、戦争の管理を難しくしている。
両国の介入は、未だ空爆という限定的なものにとどまっているが、勝利のためには地域の支配が必要であり、地上軍の投入によって大国が関与する本格的戦争に向かう可能性が高い。そこには、自国の疲弊という要因以外に、戦争を制約する要因はない。