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“Too big to fail”は、誤りか

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 此度の東北地方太平洋沖大地震の被災者の方々に心からお悔やみとお見舞を申し上げます。一日も早い復興を祈念しています。

我国経済社会は、未曾有の大地震・大津波とこれに起因する福島原発事故で現在苦闘を続けているが、国際的にはサブプライムローン問題を契機としたリーマンショックがユーロ圏周辺国の動揺を誘発したかたちで大きな傷跡を残している。米国では、金融コングロマリットのAIG、シティバンク、英国では銀行最大手のロイヤル・スコットランドバンク(RBS)、ベルギー・フランス資本の大手銀行デクシア等が公的資金の注入により救済された。銀行への資金投入に加え、リーマンショック後の景気停滞の底支え支出もあって、各国とも財政赤字は大幅に拡大した。さらにこうした公的資金により救済された大銀行では、幹部が多額の報酬を受け取っていたことも判明し、巨額の財政資金を投入してこうした大銀行を救ったことは間違いであったとの認識が、社会全般に急速に高まって来た。これを受け、政治の世界では“Too big to fail”は、間違った政策であった、今後は大銀行といえども公的資金を投資することなく破綻させるべきである、との意見が多数を占めるようになった。

この結果、“Too big to fail”を否定する考え方が、①英国ではFSAのTurner長官が2009年10月、“living wills”(生前遺言)という表現で、「危機回復および解散整理計画構想」(recovery and resolution plan)を公表し、2010年4月「2010年金融業務法」(Financial Service Act 2010)の一部として立法化されたほか、②米国ではドッド・フランク法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)、「第2編 金融会社の整然清算権限」(Orderly Liquidation Authority)のかたちで2010年7月取り込まれ、③国際的には金融安定理事会(Financial Stability Board)が2010年10月「システム上重要な金融機関がもたらすモラルハザードの抑制に関する報告(以下金融安定理事会報告)」(Reducing the moral hazard posed by systemically important financial institutions)を策定し、同11月のG20ソウルサミットで承認された。

以下ではそれぞれの取組みを“Too big to fail”の否定に焦点を絞って簡単に紹介するとともに、金融の安定確保の見地からその妥当性を検討してみる。
英国では、2009年10月に公表されたターナー報告のなかで、生前遺言(living wills 一般的には自己の尊厳死を実現するため、延命措置の禁止を生前に明言しておく場合に使われる)という表現で、金融機関の「危機回復および解散整理計画構想」が提起された。この背景には、RBSの実質国有化(2008年10月)でFSA長官として鼎(かなえ)の軽重を問われたターナー氏が、その存在を確保するとの狙いがあったと指摘する向きもある。この構想は「金融機関の破綻をゼロにすることは出来ないし好ましくもない、したがって予め準備をしておくことが重要である」との考え方に基づいて設計されている。そうであれば金融当局は、システミックリスクの顕現化と救済に伴う財政負担を回避するために金融機関の経営に介入し、必要があれば解散させるべきであると主張している。具体的には次の危機回復計画(recovery plan)と解散整理計画(resolution plan)を、FSAと個別金融機関との間の協議を経て、個別に作り上げておくことを考えている。

「危機回復計画」

  1. 現行規制で要求している緊急時資金調達計画を策定し、ストレステストを実施する。
  2. 破綻を回避するため売却すべき事業分野および子会社の特定化を行うなど準備態勢を整えるとともに新規増資計画を立ておく。
  3. この計画を実施する際に生じる法務上、財務上、業務上の制約要因に関しても、それを除去するための手段を予め講じておく。

「解散整理計画」

  1. 危機回復計画とは異なり、各金融機関は取るべき解散計画を予め特定化しておく必要はない。
  2. 当局の求めに応じ、解散計画を策定するに当って必要となるデータを短時間のうちに提供できる態勢を整えておく。
  3. 各金融機関は整理計画で実行されるであろう銀行閉鎖、事業分野・子会社の売却、全ての資産・負債の譲渡、預金受入部門の国有化等に伴う、法律上、財務上、業務上の障害および制約要因の評価を迅速に行う態勢を取る。
  4. 各金融機関は関連する市場および決済機関を特定化し、整理が円滑に進むよう協力する。

2010年金融業務法では、FSAに上記計画を実行に移すために必要な規則を制定するよう求めている。

米国ではドッド・フランク法第2編で整然清算権限を次のように定めている。

  1. 第2編で規定する整然清算の対象となるのは、米国法人で本源的金融業務(預金の受入れ、貸付、保険引受け、証券引受け、ディーリング等)を支配的に営む(総収入の85%以上)者で、預金保険加入金融機関を除く会社。実態的にはSEC登録の証券会社が対象となる。
  2. 整然清算の実施機関は連邦預金保険公社(FDIC)。保険会社については清算・再生は州法に基づき、州規制当局によって行われるが、FDICは州裁判所の許可があれば州当局に代って、州法に基づいて清算を行い得る。預金受入機関は、これまで通りFDICによって清算される。
  3. 整然清算に当って生じる損失は、債権者および株主が負担する。当該金融会社に責任を有する経営者は、その地位から追放され、責任に応じて損失を負担する。当該金融会社の清算を防ぐために、納税者の資金が使われてはならない。清算に当って支出されたすべての資金は、当該金融会社の資産処分により回収され、不足が生じた場合には金融セクターに対して賦課金を課す。
  4. FDICは整然清算を行う権限に基づき、現在施行規則を策定しつつあり、本年1月25日にドラフトを公開し、5月22日を締切としてパブリックコメントを求めている。

金融安定理事会報告でも、G20構成国にFSAのliving willsと同様の発想に基づき、持続的な回復と解散整理計画(sustained recovery and resolution planning)を策定するように求めている。本件に関しては、国際的な時間表(timelines)が決められており、本年央までに解散整理計画の評価基準等を作成し、同年末までに同計画の改善プログラムを各国毎に策定することを求めている。同報告では、すべての金融機関がこうした計画を策定することにより、秩序立った方法で納税者資金の負担なしに解散整理が可能であるとしている。本金融安定理事会報告では、本件以外にグローバルなシステム上重要な金融機関(global systematically important financial institutions, G-SIFIsと略称)の特定と、これに対し追加的な自己資本負担を求めるかどうかという点と解散整理時点で破綻処理に伴う損失を被ることになる条件の付せられた負債性商品(contractual and statutory bail-in)をどのように設計するかに主要金融機関の関心が集まっている。

このように“Too big to fail”の適用を回避するために、主要金融機関と監督当局の間で、living willsなどの精緻な基準とルールを作り上げること自体にどこまで意味があり、実効が挙がるかについては、疑問が残る。何故ならば次のような事情が想定されるからである。

  1. living willsを精緻に作り上げたとしても、実態は千差万別であり状況は絶えず変化しているので、実際上使いものになるかどうかは疑問である。
  2. 追加的な自己資本の積上げおよび契約に基づくベイル・イン商品の設計等の損失吸収能力の引上げ自体は破綻時の公的資金負担の軽減という見地からは、ある程度意味があるが、それにより破綻が回避されるとの保証がある訳ではない。
  3. 精緻な枠組および規制を作り上げたとしても、その規制を巧みに回避する仕組は必ず考え出され、規制自体が空洞化してしまう惧れがある。

上記のliving wills、ドッド・フランク法の整然清算権限および金融安定化理事会報告に見られるルール整備の努力は、金融機関と監督当局との間のコミュニケーションを増すとの効果はあり、納税者資金の投入を嫌う大衆およびそれに迎合する政治家の暴力的干渉から金融機関経営を守るとの意味はあるが、精緻化および厳格化自体に価値がある訳ではない。むしろ金融機関に対する監督部門に、十分な専門知識・高い識見を備え弾力的裁量判断のできる人材を揃えておくことの方が、金融危機を回避し産業としての金融業の発展を図る観点からは遥かに意味があると言えよう。

しかし、こうした人材は相応の報酬を支払わないと確保出来ないが、繁雑な個別規制を導入し、その運用・管理に膨大な人員を投入する場合に比べると、全体的としては経済的である。
実際、金融危機は人材の不足および体制の不備によって引き起されていると言っても過言ではない。例えば、金融危機の発端となったサブプライムローン問題に関して、格付会社に対して実質的な牽制球を投げることが出来ず、さらにリーマンブラザーズのハイレバレッジ経営を見過した米国SEC市場規制局の能力不足(その象徴としては2005~2006年の間の担当局長の不在)、AIGに対して不十分な監督しか出来なかったNY保険監督局の無力さ、さらにはノーザンロック銀行を破綻させ、ロイヤル・スコットランド銀行を国有化に追い込んだ英国FSAの現実から遊離した硬直性(原因は、FSA、BOE、Treasuryの3者で監督責任を分担する体制にある)等、枚挙に遑がない。

確かに金融監督部門に高潔な人格と優秀な能力を具備した人材を確保し機能させることは、厳しくかつ精緻な規則を作ることに比べ遥かに難しい。しかし、難しいからやらなくてもいいと言うことにはならない。さもないと再び金融危機が発生する。

以上

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