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右脳インタビュー 夏川和也

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2010/04/01

 

片岡:   今月の右脳インタビューは夏川和也さんです。夏川さんは第22代の統合幕僚会議議長たる海将として日本の安全保障を担い、現在は安全保障や危機管理に関する啓蒙活動等に積極的に取り組んでいます。それでは足跡等お伺いしながらインタビューを始めたいと思います。

夏川:   江田島(海上自衛隊幹部候補生学校)では卒業式の後、遠洋練習航海に出るのですが、その帰路、航空関係の職務に就くようにと辞令を受けました。操縦士になるための過程を終了して八戸に配属になりましたが、驚いたことに任地に着くと航空隊の人が殆どいません。後から分かったのですが、マリアナ海域漁船集団遭難事件(注1(1965年)の捜索に出ていたからでした。これは当時、既に自衛隊の海外派遣が行われていたということでもあります。また八戸では海氷観測等も行いましたが、冷戦下だったのでソ連も敏感で、稚内から東に出るとソ連機が出てきて、こちらが反転すると引き上げ、こちらがまた出て…、レーダの画面上ですが彼らの対応等もある程度知ることが出来ました。1966年には航空部隊のハワイの派遣が始まります。この時、自衛隊はP2V-7(注3という機を使っていましたが、米軍は既にP3B(注4という新しい機種でした。また戦術面でも、我々はブイを落とした後に爆発物を落とし、その反射音で距離を割り出し、作図をして位置を知るというものでしたが、彼らは既に音をパッシブに聞いて潜水艦を見つけるというオペレーションに変わっていました。更にTSC(Tactical Support Center)を設けて、航空機に事前に情報を与え、帰還後はブリーフィング行って情報を評価したり…。共同演習はそうした新しい技術やシステムを勉強する機会にもなり、帰国後、それらを導入することもありました。その後も米国との共同訓練やRimpac(注5 (Rim of the Pacific Exercise: 環太平洋合同演習)等に参加しました。

片岡:   マネジメントの違いについては如何でしょうか。

夏川:   ニューポート(ロードアイランド州)の米海軍大学(注6に留学した時に受けたマネジメント講座が印象的でした。授業中にお金を渡され、「よーいドン」で、そのお金を使って情報収集、装備の購入、訓練などを机上で行っていきます。勿論、情報は質によって値段が異なり、相手が何時攻めて来るかといった重要情報を要求するとほぼお金がなくなってしまいます。そうなると装備は何も揃わず、反対に装備ばかりやっていると、突然戦争が始まってしまいます…。机上で行うものですが、そこにはかなりのノウハウが蓄積されています。帰国後、幹部学校に導入するように提言しましたが残念ながら進みませんでした。また米国は訓練や実戦を経験すると直ぐwar game(電子計算機を使ったシミュレーション)等を行い、ドキュメントを作り、プロシージャーに落とします。体系的なやり方、反映するタイミングやローテーション等が素晴らしく、どんどん進化します。日本はドキュメントを作成してもその後の活用がしっかりできていません。ただ日本人は器用で、あるものをさっと取り入れて自分のものにしていくことは上手く、そういう意味では個人のレベルは非常に高いのですが、やはり規模が大きくなったり期間が長くなったりした場合、勝てなくなってしまいます。更に情報の問題も大きい…。

片岡:   夏川さんが統合幕僚会議議長に就任された1997年は、情報本部(注7ができた年でもありますね。

夏川:   情報本部は内局の他に、各幕の調査部等からも人数を出して作り、代々トップには力のある人物を配置しています。しかし日本は情報に関する意識が薄く、何かあれば情報、情報と騒ぎますが、結局それだけという傾向が元々あります。そして外務省で無駄遣いがあると、直ぐに機密費等を切ってしまう…。情報と言うのは無駄金を使っているうちに流れて来るものです。また得た情報がすべて役に立つと思っているのは大きな間違いです。事件が起きた時、「各幕僚監部、内局からバラバラに情報が流れて来る…」と不満を漏らした大臣もいたそうですが、これでは指揮官は務まりません。纏まった時には調整は終わっていますし、そもそも流れて来る種々雑多な情報の中から、良い情報を見極め、それに基づいて計画を立てるのが指揮官の器量です。そういう意味では能登半島沖不審船事件(注8の際の野呂田芳成防衛庁長官(注9は立派でした。各幕長を大臣室に集め、皆で情報を聞き共有しながらその場で決断を下していました。

片岡:   情報との関連も強いのですが、危機管理についてはどのようにお考えですか。

夏川:   危機管理には、起こさないようにすることと、起こった時にどうするかの2つがあり、互いに共通点も多くて連携していますが、違いもあります。連携しているというのは例えば起こさないようにしっかりやっていれば、起こった時の能力も付きますし、また2つに共通して言えることは情報の重要性で、精度の高い情報をたくさん持った方が勝ちです。起こった時の対処は時間との戦いで、また「俺が指揮をとる」という命令系統を明確にするようなことも重要です。自衛隊は指揮系統がしっかりと決まっているので大丈夫だと思うかもしれませんが、実際は色々な人が様々なことを言い出し誰が指揮を執るのかはっきりしないことが多々あります。また大兵力を初期に投入することが大切で、一般的には拙速が重要となってきます。一方、起こさないようにするには寧ろ時間をかけてゆっくり行った方が良く、皆でディスカッションしたり、事前に取り決めをしたり、また色々なケースを考え、それに対して手をどんどん打っていけば良いでしょう。ただ実際にはどうなるかは分かりませんので、大きく決めれば良いと思います。それから有事には選別の優先順位が平時と異なりますし、普段からそう考えていなくてはいけません。例えばトリアージ(注10では平時と有事では患者を見る優先順位が全く違い、平時は重症者から、有事は軽傷者から診ます。また組織は、一本調子で上がっていくだけというのではなく、上がったり下がったりしないと、どこかでドタンときます。ガス抜きという言葉でも良いのですが、それをただ待つだけではなく、実務の中で意図的にそうした状況を創り出し、実際の場を与えないといけないと思います。

片岡:   日本の防衛の問題点についてお教え下さい。

夏川:   最大の問題は、本気で防衛を考えておらず、自分で自分の国を守るという気持ちが国全体としてみれば不足していることです。自分で守るけれども、ここの力が足りないから組みましょうというのがあるべき姿で、守る意思がなければ動きようもありません。そもそも戦略というものは、攻めずに守るだけでは生み出すのが大変難しくなるものです。また日米共同と言いますが、日本は色々な制約があり、一緒に作る作戦計画がありません。軍事行動というのは攻守一体となって行うものです。攻と守がそれぞれ別々に行動し、合わせて全体で見て一体というのではなく、攻めれば相手はどう出て来る、だからこう守ろう、こう守っているからこう攻めようという一体化です。だから本気で考えているとは言えません。また例えば陸上自衛隊には30km近い射程を持つ火器がありますが、国内最大の矢臼別演習場(注11でも最大射撃距離が18kmと足りず、火薬の量を減らして訓練を行っています。このため陸上自衛隊は以前からワシントン州にある米軍のヤキマ演習場(注12を借りて最大能力での訓練をしていますが、それには限度があり、訓練がいきわたらないことから不安も残ります。また師団規模の対抗演習も広さが足りず行うことが出来ません。航空自衛隊も飛行領域が狭く、マッハでの飛行は非常に短時間に限られます。

片岡:   軍法会議もないそうですね。

夏川:   イラクに行った時に一番心配したのはその問題です。若し、業務中の自衛官が現地の人を射殺したらどうなるか。色々な状況がありますが、自衛官が罰せられても無罪になっても、不満が出て来るはずです。おそらく日本は検察が中心となるのでしょうが、彼らには軍事的な状況というものがどうしても分からないはずです。引き金を引くタイミングや、やもうえなかったのか、考慮の余地があったのか…、こうしたことが分からない人が出した結果というのは全員が不信感を持ちます。これは極めて悪い結果に繋がり、自衛官が死亡することよりも寧ろ影響が大きくなると心配していました。ですから軍法会議が必要だと思うのですが、戦前の憲兵の印象が残っていますので難しい問題となっています。悪いことは直さないといけませんが、同じように良いことは行うことも必要です。また例えば第三者を入れて行うといった工夫をしていくこともできるはずです。

片岡:   次に安全保障の観点から、日本を取り巻く世界の状況についてお教え下さい。

夏川:   私はいつも地球儀を見ながら考えます。大きく言うと、中国は爆発しそう、バッと出て来るような感じがします。中国は、ロシアとの仲が良くなっており、上海機構で心配が無くなりまた壁が出来ました。インドとも同様です。となると出て来るのは日本に向かった方向です。一方、ロシアは大きい国ですが、北部が窄まっている上に、西側をヨーロッパにがっちりと抑えられています。南部は中国と仲が良くもあり、ある意味で抑えられてもいます。また黒海もトルコに抑えられていますので、出ようと思えば無理をしなくてはいけません。ですから中国ほどの活力はありません。アメリカは太平洋と大西洋に面し、広大な国土は勿論ですが、それよりもさらに海を通じて世界と繋がっていて、有事には世界の警察官としての役割を果たせるような感じを持っています。南米はこれからどうなるかを見ていかないと位置付けは分かりませんが、反米の傾向が少しずつ強くなっていますし、経済力もついています。アフリカはもう少し遅れます。

片岡:   今後、どういった対立軸が重要なファクターとなるのでしょうか。

夏川:   世界の戦略や世界情勢に影響を与えるのは、まず資源の問題です。これについて石油が枯渇するという人も、そうでないという人もいます。或いは新しいエネルギーが見つかるのではないかとか、希少金属はあっちこっちで見つかっている…と諸説ありますが、使えば減るというのは間違いなく、資源に対する関心も以前に比べ高まっており、今後、どういう軋轢が生れ、勢力地図が出来て来るのか、重要な要素となります。次にグローバリゼーションで、この中に経済や政治も含まれます。また国際的枠組みの中での協調が重視されてきていますが、地域内だけで協調して地域と地域は反目するということも起こってくるかもしれません。そして海です。海はこれらの全てに関連します。海には資源もありますし、物流も環境もあります。また陸は縄張りがはっきり分かっていますが、海は縄張りがありそうでなく、縄張りを決めようという動きがあります。その中で色々な葛藤が出て来ることは間違いなく、海が益々重要になってきます。こうした点からも中国が東南に向かって出て来る可能性は非常に強いと思っています。

片岡:   中国をどのように評価しているのでしょうか。

夏川:   中国の戦略観と実行力は非常に優れています。1960年代は毛沢東の人民戦争戦略が強く、艦隊などは持っていないのと同じだったのですが、その頃にすでに海洋観測を行っていました。勿論、近海ですが…。それからも観測を続け、東シナ海が終わり、日本周辺が終わり、西太平洋も基礎的なものは終わったのではないでしょうか。艦艇の行動を見ると1980年に南東列島線を越え、7年後にはハワイまで到達しました。その時は船酔いで真っ青だったそうです。そうしたレベルでしたが、きちんと段階を踏んでハワイまできたことは間違いありません。更に6,7年後、米本土に、その2,3年後、世界一周をしています。その時々では他国に比べるとレベルは低いかもしれませんが、少しずつ確実にレベルを上げて行動範囲を広げています。装備面では、ソ連から購入したり、或いは他国から技術を取ってきたりしながら、普通の潜水艦、原子力潜水艦、ミサイルの発射できる潜水艦、イージス艦、補給艦と進み、今度は空母を建造しようとしています。兵力も着々と増やし、それに合わせて行動範囲も広げ、また反対に行動範囲を無理して増やし、それに追いつく兵力を作ってきました。こうして確実に力を付けていることは間違いありません。

片岡:   経済援助等も絡めていますね。

夏川:   よく「真珠の首飾り」と言いますが、中国はパキスタンのクワダル港、スリランカのハンパントータ港、バングラディッシュのチッタゴン港、ミャンマーのシットウエイ港を援助しています。有事にはこれらを補給基地として使ってインド洋を抑えることができ、これに空母が加えれば交通路を守れます。中国はそうしたことを踏まえた上で各国に投資し、人を派遣したりしており、あと残っているのが東南アジアという状況です。そういう中国が出て来れば日本は一飲みで、どうにもなりません。中国がいう積極防御戦略の第一列島線、第二列島線(注13は直ぐで、嘗ては冗談のように「米中で太平洋を二分しよう」と言われていましたが、それもまんざら嘘ではなくなります。中国は夢のような話をしながら、それをだんだん現実のものにしてきていて、米国としても、若し中国がそこまでくれば、分けざる得なくなってくるでしょう。とすれば日本はやはり米国と組まざるをえません。中国と組む場合は呑みこまれるだけですし、価値観もより異なります。ですから米国と組んだ上で、東南アジア、アセアン諸国とがっちり組んで共同体等を創り中国の進出を抑え、そしてインド洋ではインド、オーストラリアと組みます。抑えるというのは、中国を封じ込めるという意味ではなく、あくまで出て来るのを止めようというもので、中国が一緒にやるのであれば一緒にやります。しかし、その際には我々の価値観に応じたルールにもある程度従って貰います。米国が表に出過ぎると東南アジアの諸国の反発もありますので、日本が米国と手を組み、何とかしてこの地域を抑えていくのが日本のあり方ではないかと思います。その時にロシアがどう動くは難しい問題ですが、それ程は気にしなくても良く、また米国もこうした戦略を取り、この構図はずっと続いていて将来もあまり変わらないと思っています。何れにしても海に関する問題が重要になってきており、そこをしっかりと認識することが必要です。

片岡:   貴重なお話を有難うございました。

 

完(敬称略)

 

 

インタビュー後記

 

夏川さんが自衛隊に入ったのは映画「眼下の敵」(1958年、米、独合作)を見たことが一つのきっかけにもなったそうです。この映画は米海軍の協力のもとに製作され、その大迫力が話題となりました。軍等による撮影協力、情報提供、資金援助…などの充実したサポート体制は賛否両論を巻き起こしていますが、圧倒的な迫力やリアリティーを持つ映像を生み出して米映画産業の競争力を後押ししています。勿論、日本でも、資金援助まではいかないそうですが、自衛隊による映画製作への協力が進んでいます。

 

 

聞き手 片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。 < http://chizai-tank.com >

 

 

脚注

 

  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/マリアナ海域漁船集団遭難事件
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/P-2_(航空機)
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/P-3_(航空機)
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/環太平洋合同演習
  • 下記をご参照下さい。
    http://www.usnwc.edu/
  • 下記をご参照下さい。
    http://www.mod.go.jp/dih/
    http://ja.wikipedia.org/wiki/情報本部
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/能登半島沖不審船事件
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/野呂田芳成
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/トリアージ
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/第一列島線
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/矢臼別演習場
  • 下記をご参照下さい。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/ヤキマトレーニングセンター
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