ハンク・ヤン・ブーシェル Amsterdam Light Festival Founding Member
冬のオランダに観光客を呼び込むアムステルダム・ライト・フェスティバル。その創始者の一人、ハンク・ヤン・ブーシェル に、その歴史を聞いた。
Q:長年ボート業界の発展に尽力されていますが、まずはボートとかかわるきっかけをお聞かせ下さい
A:当時飼っていた猫が家の前に留めてあるボートの上に乗って運河を見るのが好きで、僕も猫を見ながら運河のヘリに腰掛けているのが好きでした。そのボートのオーナーは我が家の裏に住んでいて、ある日「君はここに住んでるのかい?」と声をかけられ、「君が私のボートの見張りをしてくれるなら、このキーを預けるから好きな時に使っていいよ。」と持ちかけられました。
そうして初めて手に入れた、自分で自由にできるボートで運転をしていた時に、一度事故を起こしそうになったことがあり、すぐに運転の教習を受けることにしました。
教習が終了するとボート運転ライセンスが発行され、ますますボートが好きになりました。
ライセンスを手にしたので市内をクルーズし始めると、ヒルトンにある美しいクラッシックサロンボート(*1)に目がとまり、ヒルトンに出向いたところ、ちょうどいいタイミングで運転手を募集していたのが最初の仕事を手にしたきっかけです。
ヒルトンから運行されているクラッシックボートクルーズの運行や、その管理が主な仕事でした。
アムステルダムのハーバーで働き始めるとすぐに同業者の繋がりができたので、クラッシックボート労働組合を作りました。私はライバルを含めた同業者同士が団結することでより強い力を発揮できると考えたからです。皆がお互いに連絡を取り合い問題の解決に勤め、行政との対話も積極的に行いました。その後、アムステルダムの数社のボート会社に勤務した後、自身のボート会社を始めることにしました。当然その頃には市内でボートを運行する会社とそのオーナー達とのネットワークも出来上がっていました。
Q:なぜボート業をおこなっていたハンクさんが、ライト・フェスティバルをはめたのですか?
A:ある日、友人(*2)の一人が僕のところに来て「ハンクヤン、フロリダのライトパレードを見たことがあるか?アムステルダムでもクリスマスにこれをやろう!」と興奮気味に言って来ました。
「お前は人脈があるから俺と一緒にこの企画をオーガナイズしないか?」ともちかけて来たので、僕は「いいアイディアだね」と二つ返事で引き受けました。
こうして僕らは二人だけで予算もない中、同業者に「クリスマスイブにクリスマス・カナル・パレードを企画してるんだけど協力してくれないか?」と声をかけると、皆「面白そうだな!!」と言って協力してくれました。
ボートにクリスマスの飾り付けなどの準備をする中「こんなに大変な準備をして一晩だけで終わらせるのはもったいない。」という意見が出て来ました。徐々に「どうせなら冬の間はずっとやっていればいいじゃないか?」という意見が多数を占めるようになりました。
なぜなら、冬のアムステルダムは暗く、運河には特にこれといったアトラクションも無かったので、クリスマス・カナル・パレードはそんな暗くて寒い冬のアムステルダム運河に光とささやかな幸せをもたらすからです。
そしてこのイベントを冬のアムステルダムのフェステイバルにしていこう、というアイディアの種が生まれたのです。2009年に始まったクリスマス・カナル・パレードは、イベントが成長すると共に、ウィンター・マジック・アムステルダムへと名称を変え、より多くのイベントが行われるようになりました。最初のウィンター・マジック・アムステルダムでは、有名デザイナーがアムステルダムの観光名所の一つ「マヘレの跳ね橋」で電飾を施し好評を得た事から、よりアートやライトデザインという方向にシフトし、参加デザイナーやアーティストの一般公募(コンテスト形式)が行われるようになり、現在のアムステルダム・ライト・フェスティバルに成長して行きました。
◯ 2009〜2010年:Christmas Canal Parade
◯ 2011年:Winter Magic Amsterdam
◯ 2012〜現在:Amsterdam Light Festival
アムステルダム・ライト・フェスティバルは、毎年11月下旬から1月中旬にかけて、ユネスコ世界遺産に登録されているアムステルダム市の中心街が、コンテストにより選ばれたアーティストの作品によって鮮やかにライトアップされる、光のインスタレーションアートイベントです。
2019年で8回目を迎え、クリスマスイルミネーションと共に冬の風物詩となっています。
陸上の作品「Land Expositie=陸の展覧会」を楽しむ歩行ルートと、運河周りの作品「Water Expositie=水の展覧会」を楽しむボートルート(イルミネーションクルーズ)の2つで構成されており、展示作品は、オランダ国内外からその年のテーマで一般出展者を募り、コンテスト方式によって選出されたアーティストやデザイナー、建築家によって手掛けられています。
2018年は世界93カ国から1800点の応募があり、40点が選ばれました。2012年以来ヨーロッパでも主要なライトフェスティバルに数えられ、作品の一部は世界各地を巡るコレクションとなっています。
Photographer:Janus van den Eijnden
Photographer:Janus van den Eijnden
Q:資金の確保も大変だったと思います。
A:ある時点で財団を設立し、財団で資金調達専用の人材を雇用し、寄付や協賛金(*3)・助成金を集めました。行政機関へのアプローチも積極的に行い、イベントの規模が大きくなるにつれて政府も進んでイベントに対しての助成をするようになって来ました。オランダでは国、州、市など様々なレベルの助成金があり、他にも美術関連セクターなどの様々な助成金制度があります。私たちはこれらの助成金申し込みの為の企画書を作る事にかなりの時間を費やしました。最初の助成金をもらうまでが一番大変で、自腹を切ってローンを組みイベントに投資しました。僕らの他に数人イベントに投資してくれましたが、イベントが育っていくうちに資金の心配はなくなりました。以降は前年のイベントの写真、動画や実績があるので助成金の交付はスムーズに行えました。
Q:Amsterdam light Festival 財団の現状について少しお聞かせください。
A:Amsterdam Light Festival 財団は順調に成長しています。ヨーロッパでも知名度の高い冬のイベントとして位置づけされていますし、ビジネスモデルも確立しています。例えば、毎年公募しているライトデザインを所有し、カタログ化して他の都市にライセンスする事で利益を得たりしています。現在の課題は、毎年高まるオーディエンスの期待にどうやって答えていくかという事です。初めて開催した頃は、今までにない華やかなライトのデザインに「わおー、すごくキレイ!!」といった素直な感動がありましたが、回を重ねるうちに観客も感動が薄れて来ている為「〇〇年の方が良かったね。」などの声も聞かれるようになって来ました。このことは軽視できる事はではないので、様々な工夫を凝らして新たな驚きを提供できるよう努力しています。
Q:ビジネスモデルについてもう少しお聞かせ下さい。
A:アムステルダム・ライト・フェスティバルは、財団(オランダ語でStichting)の形を取っています。財団の活動資金は、国・州・町などの様々な助成金の他に、美術・芸術基金からの助成金など、様々な助成金の支給を受けて成り立っています。その他にも銀行宝くじ協会や、フィリップスなど大手オランダ企業からのスポンサーなども受けています。
また、期間中に運行されるナイトクルーズの乗船チケットにはライトフェスティバルクルーズの料金が上乗せされますが、上乗せされたライトフェスティバル・フィーは全てアムステルダム・ライトフェスティバル財団に支払われます。
アムステルダム・ライト・フェスティバルのライトデザインは、毎年公募によって選ばれますが、それをカタログ化し、他の都市などにデザインの販売やリースなどを行う事や、一般公募の参加費、陸上展示のガイドツアー、グッズ販売などライトフェスティバルのブランドを利用した様々なマネタイズも行なっています。
1:助成金、芸術基金、企業協賛金(企業スポンサー)
2:アムステルダム・ライト・フェスティバル公認クルーズからの収益。期間中の夜間に運行される公認クルーズでは、ライトフェスティバルフィーが上乗せされて通常チケットの価格より高く設定されています。徴収されたフィーがアムステルダム・ライト・フェスティバル財団に支払われます。
3:ライトデザインのカタログ化と販売及びリース
4:他都市開催ライトフェスティバルへのイベントのライセンシング
5:一般公募の参加費、ガイドツアー、グッズ販売など
Q:経済への影響は?
A:今まで、冬のアムステルダムはこれといったイベントも少なく、観光産業が大きな割合を占めるアムステルダムでは、経済的に停滞する時期でもありました。2012年にAmsterdam Light Festival始まってから去年の2018年までに500万人の方々が来場しました。ホテルのブッキング率も上がり、レストランも観光客の食事の需要が上がり、ボートクルーズも繁盛しています。
(聞き手・翻訳:アガタサトコ,Todd Royall, 2019年9月30日@ Quantized Amsterdam Studio)
*1 クラッシックボートまたはサロンボートと呼ばれる戦前からオランダの貴族が愛用していた歴史あるボート。当時の貴族が愛用していたシルクハットを着用したままでも入船しやすいように天井が高めに作られている。第2次世界大戦のドイツ占領下の時代は貴族はドイツ軍からサロンボートの没収を防ぐため運河の底に沈めて隠していたと言われる。ハンクヤン氏の所有するボートも戦後に運河の底から引き上げられたオリジナルのサロンボートをレストアして電動モーターに改造した由緒正しい貴重な船です。
*2 友人ビンセント ハーバック(Vincent Horbach)氏はハンクヤン氏と共にAmsterdam Light festivalの原型であるChristmas Canal Paradeを立ち上げた人物。
*3 現在のメインスポンサーは芸術基金、アムステルダム市と銀行宝くじ協会
Amsterdam Light Festivalの歴史サイトリンク
https://amsterdamlightfestival.com/en/history/
https://salonbootavanti.nl/initiatief-amsterdam-light-festival/
Amsterdam Light Festival公式サイトリンク
https://amsterdamlightfestival.com/en/
Photographer:Janus van den Eijnden
聞き手
アガタサトコ
音楽家。バンド活動を経てゲーム・企業CM・映画音楽などを手がけた後、制作の拠点をアムステルダムに移し、AREA909としてオランダから楽曲提供を行う。
Todd Royall
ロサンゼルスにて著名スタジオに勤務。帰国後、安室奈美恵等の作編曲やエンジニアを行う。2014年よりアムステルダムに移住し、EDM制作をはじめオランダ人DJ達のゴーストライターとしても活躍。