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右脳インタビュー 渡部恒雄

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2015年6月1日

片岡:  今月のインタビューは渡部恒雄さんです。それでは米国の対中観等、お聞きしながらインタビューを始めたいと思います。

渡部:  米国には主に、中国に対して異なるポジションをとる4つ勢力があります。まず① 対中安保警戒派、中国を将来の米国覇権への挑戦者として捉え、封じ込めに近い立場をとるタカ派で、政府の中で対中安保警戒派が多く存在するのが国防総省です。次が② 対中関与派、親中派ではないが、中国との対決は不可避ではなく、むしろ中国に経済と外交で積極的に関わっていくことで、米国の国益と激突しないように誘導できるかもしれないと考えています。国務省を中心に、政府内や政策コミュニティーでは多数派で、現オバマ政権の専門家も、多くはここに位置付けられます。そして③ 対中経済推進派、中国との経済関係で大きな利益を得ているビジネスリーダーたちであり、共和党や民主党を資金的に支えているグループも多く、政権や議会への隠然たる影響力を持ちます。更に④ リベラル・人権派、中国との貿易で被害を受けている繊維業界や中国の安い労働力に職を奪われることを懸念する中小企業、労働組合とそれらの意見を代表する職員で、民主党左派が中心、同時に中国の人権侵害を批判する立場をとるものが多いのも特徴です。こうした勢力はグループを組んでいるわけではありませんが、互いに相反する立場をとって、対立や協調を繰り返しながら、政府の対中政策に影響を与えていくため、政策がよく変化します。

片岡:  綱引きがあったとしても、最終的に米国は中国の台頭を許すのでしょうか?

渡部:  「最終的」というのが重要で、2000年にジョージ・ブッシュ大統領が発表した国家戦略を見ると、米国は米国の覇権に挑戦する存在は許さないと決めています。問題は、中国が覇権に挑戦するずっと手前の段階で、危ないからといって中国へのエンゲージメント(関与)をやめて、コンテイメント(封じ込め)するかというと、やらないし、できない。やれば米国経済にとって大きな損害となります。結果として、エンゲージメントをやらざるをえないからヘッジをどうするかということになります。一方、経済的な恩恵が中国国民に行き渡るということは、ある意味で、民主化のきっかけになるかもしれないし、中国国民も経済成長をしないと許さなくなるわけですから、中国も経済を不利にするような安全保障上のチャレンジはできない。経済の規模で越えても、それは問題ではなくて、寧ろ中国が肥えて、経済の相互依存が深まり、安全保障でもより協調的になるように誘導できればいい。勿論、リスクは大きいのですが、だからといって現実的に中国を今の市場から追い出すと経済が成り立たない。あくまでも、現実的な中でやるものです。それに、そもそも、冷戦構造を終わらせようとして、中国の成長を作り出したのは米国です。米国は、中国が米国が決めたルールに従えばいいし、従わせるのがゴールです。今のところ、従わないといっても、南シナ海で近隣国を苛めているだけです。勿論、米国は許さないといっていますが、そのくらいは仕方ないとも思っているでしょう。
さて、そもそも覇権国とは何かというと、軍事、経済も含めた総合力で、その国に誰もチャレンジできないような力を持ち、そして、その力を背景に国際的なルールをセットアップする。従わないような国には、従わせるような武力の手段を持つことです。ルールセットというのが公共財であるのと同じように、ルールを守らないものを罰する力も同じ公共財で、覇権国はそれを出す義務があります。皆、米国が覇権国で納得しているのは、それなりにやってくれているからです。

片岡:  地域覇権については如何でしょうか?

渡部:  まずは、アジア地域でしょうね。ただ、アジア地域で逆転すれば、世界も夢ではなくなる。勿論、中国も世界を目指すことが苦しいことも理解しています。私は、直感的にですが、中国も余程のことがなければ、そこは目指しておらず、地域覇権だけだと見ています。習近平国家主席の「新型大国関係」は何かというと、モンロー主義のようなもので、「中国の周辺、アジアは中国に任せろ、その代わり、米国大陸、ヨーロッパには手を出さないし、他のところも認める」というような感じです。だから、米国は中国の言う新型大国関係にのらない。日米同盟を強化するということは、中国のいう新型大国関係にNOだといっているということです。これは実は、中国にはそれだけの力がないということでもあります。中国に本当に力があって、米国を拒絶できる力を持っていれば、合意しようがしまいが米国は手出しできない。勿論、米国はそれを望んでない。なぜかといえば、米国は、中国を含むアジア太平洋地域に対して、早い段階から公共財を投入して、成長させ、今後、長きにわたって利益を得ようとしているからです。その為にも、アジアにおける覇権を手放す気もなければ、中国とモンロー主義のように握る気もなく、米国自身のために、米国のプレゼンスを維持しようとします。

片岡:  そうした視点から見た場合、AIIB(Asian Infrastructure Investment Bank)については如何でしょうか? ヨーロッパは参加しましたね。

渡部:  ヨーロッパは、この問題については無邪気で、アジアの安全保障に対する意識は非常に弱く、アジアの中で中国がイニシアティブをとり、米国がだんだん排除されるというような本能的な恐れは持ってない。だからイギリスはAIIBにのった。要するに中国とのビジネス関係を良くしたいという経済原理だけです。これはヨーロッパとアジアの違いです。尤も、我々も同じで、ロシアのクリミア併合に対して、反露陣営に形では参加していますが、どこかで「もともとロシアだから…」と思っている面もあります。地政学というのは場所です。米国が世界覇権である理由の一つに、米国がアジアのパワーでもあることがあります。米国はアジアに歴史があり、どうしても守りたい権益です。そこがヨーロッパとは違います。勿論、ヨーロッパもかつてはアジアのパワーであり、植民地も持っていましたが、もうでてしまいました。今のヨーロッパにとってはアジアというと中国とのビジネスこそが最大の関心事となります。
ではAIIBは何かというと、基本的には中国には政府もお金があり、それを放っておいてもいいわけでもないし、アジアのインフラ需要もあります。しかも今のADBや世銀はプロセスに時間がかかる。そこにうまく入って回そうとしたものです。そして、そこには米国が入れないことは初めからわかっていました。というのは、米国はIMFなども、もう少し中国声が反映できるように改革してもいいと思っていましたが、議会の同意が得られません。オバマ政権は議会に手足を縛られて動けないことを中国はわかっていました。だから米国は入らなくてもいい。その一方、日本には入って欲しいと思っています。というのは、AIIBは大手飛車取りで、あわよくば日米の同盟関係に亀裂を入れたい。それができなくても、少なくとも米国のメンツを失わせることができるし、中国が主導する形で、アジアにそれなりの枠組みを作ることもできる。そういう意味で非常にうまいやり方です。だから米国は気にしていると思います。特に長期的にも、アジア地域での自分たちの覇権を手放したくないのですから。そういう意味で、AIIBでは「しまった」と思っています。しかし、「しまった」と思っても、しょうがない。議会が動かないのですから。だから今一生懸命やっているのはTPPです。これもうまくいかなければ、また「しまった」で、中国は「してやったり」となるでしょう。ですから議会を何とかしなければならない。そのためにTPA(Trade Promotion Authority、貿易促進権限)が必要です。議会からこれを獲るのがすごく難しくて、それを取りたくて日本に対して非常に厳しい要求をしています。本来だったら議会を説得すればいいのですが…。本来、自由貿易を皆で進めれば、確かにどの国も得をしますが、その中でも経済規模が大きい米国、そして日本が得をしますが、反対に、もしここでTPPを断念すれば、米国と日本の利益は薄まり、更に中国のイニシアティブも高まります。

片岡:  ある意味で、米国は、日本などからポイントをより獲得できる仕組みになっていますね。

渡部:  結局米国の有権者が損をできるだけしないようになっています。日本はそういう中で生きている…。米国との同盟によって安全保障を担保している以上、それは覚悟のうえです。それでも、もう少しは、オバマ大統領に「議会を何とかしてよ」と言いたい面もありますが…。議会とオバマ政権の乖離があまりにも広がりすぎているのは、日本にとって非常に心配です。オバマ大統領が今年の議会の一般教書演説で言わんとしたのは、「中国がアジア地域でルールを書こうとしているが、それは違う、ルールを書くのは我々だ」ということです。ルールを書くというのは、TPPもAIIBもそうです。アシュトン・カーター国防長官は「TPPは空母一隻に相当する」といっています。つまり、安全保障も含めて、中国を、ルールを守る方向に引きずっていくような大切なツールだということです。皆、もう忘れていますが、中国をWTOに入れたのは米国です。その前に、そもそも中国に最恵国待遇を与えました それらがあったからこそ、クリントン政権時代から中国の飛躍的経済成長が始まりました。つまり、米国が敷いた世界経済の貿易のルールの中で、中国は豊かになっている。それは日本も同じです。これは安倍晋三首相が米国の議会演説でいっていますが、「敵国だったにもかかわらず、戦後、日本が世界の貿易にアクセスできるようにしてくれたからこそ、日本はこれだけの国に成長できた」と。つまり米国の覇権が作った公共財とルールを利用してここまでになったわけです。米国は当然のことながら、中国がチャレンジすることを許さないのですが、その一方、基本的にそのルールの中で動いている中国に対してはウェルカムです。中国だって急成長をしていますが、更にチャレンジすることは現時点では考えていない。だけど南シナ海では少しは俺たちの言い分を認めて欲しいとは思っているでしょう。時代も、国も、国際情勢も違いますのでイコールとは言いませんが、これは1930年代の日本に似ています。当時は、まだ植民地の時代でしたので、少なくとも韓国併合を米国も国際社会も認めていましたし、満州国も、ある程度までは認めました。問題はその先の中国に対する侵略行為です。これは許せませんでした。戦前の日本は「最初から米国との激突コースを歩んでいた」というイメージを持っている人が多いのですが、実際はそうではなくて、日本がどこかで止まれなかったことが失敗です。勿論、今のスタンダードからすれば、満州国も、韓国併合もあり得ないし、そもそも私は石橋湛山が言っているように、朝鮮併合もすべきでなかったと思います。実際、朝鮮半島を併合していた日本よりも、その後、朝鮮半島も台湾もない日本のほうがはるかに経済発展しています。植民地で搾取するよりも、平和的に効率的に自分の国を富ませる時代に入りつつあったからで、第二次世界大戦後そうした仕組みが確立され、それがまさに自由貿易のルールで、今のWTO体制に繋がっています。つまり今は、経済ルールが変わり、力によって一方的に富を得る時代ではない。皆、それがわかっています。

片岡:  しかし、クリミアでは、実際に国境が書き換わりましたね。

渡部:  クリミアのケースはもともと歴史的にはロシアのものでした。

片岡:  台湾は如何でしょうか。

渡部:  台湾は今後緊張するでしょうね。それを許すかどうかは国際ルールしだいで、その国際ルールを担保しているのは覇権国です。米国の力が弱まるほど、そうしたことが起きます。しかし、クリミアと台湾で決定的に違うのは、ウクライナはNATO、つまり軍事同盟に入っていなかったのに対して、米国には台湾関係法という法律があり、台湾の安全保障に責任を持っていて、準軍事同盟的な関係にあります。だから中国も、米国に圧倒的に勝てる軍事力がない限りは、武力行使はやらないでしょうし、できない。逆にいえば、米国の覇権が弱まる時は、まさに世界の混乱が起き、安定した貿易体制が崩れ、自由貿易よりも、力で相手を打ち負かした方が経済的にプラスになるような時代が出現することになるかもしれません。それは人類にとってあまりハッピーではないでしょう。この理屈をわかっているからこそ、日米同盟や米国の覇権システムを容認したり、擁護するということをわかって欲しい。すべての国がイコールであると考えれば米国のやっていることはけしからんとなります。だけど、そもそも世界システムはフェアではなく、世界政府のようなものがない以上、セカンドベストでものを決めないと、自分たちの安定を確保できません。おそらく、米国の目標は中国側にこの理屈をわかってもらうことだと思います。韜光養晦(姿勢を低く保ち、強くなるまで待つ)をやっていたころの中国はそれがわかっていました。しかし1930年代の日本のように、力が強くなってくるに従って発想も人も変わってしまいますし、国内政治の軋轢の中で、チャレンジしようという人たちが出てくるかもしれません。これは何も中国に限ったことではなく、米国は世界中をウォッチして、米国に挑戦するところを作らせません。そういうStatus Quo(現状維持)を変更しようという人たちをRevisionist Powerというのですが、彼らに米国のStatus Quoを邪魔させないためには、実は米国だけではだめで、それを支持する人が必要です。まず一緒に軍事的にも運命共同体的に動く人。これがNATO諸国で、イギリス中心にドイツ、フランスも…、それと東アジアだとハブ・アンド・スポークとなる日本であり、韓国であり、オーストラリア、或はフィリピン、タイ…そういうものをきちんと作って、その次にインド、或はASEAN、シンガポール、そういうところを味方につけて、結局、米国が覇権を持っている方がいいなという人が多数を形成しておくことです。

片岡:  その一つである韓国が揺れています。綱引きが激しくなっているのでしょうか。

渡部:  大きく見れば韓国も当然理屈がわかっているはずですが、韓国も昔の日本のような政治構造があって、反米左派が強い。日本も1960年代、砂川闘争、安保反対、反米が盛んで「安保条約を破棄しろ」「もっと中立な日本を」といっている人はかなり多くいました。しかし、実際にそうしたら国益にとって良かったか? 冷静に考えればそうでなかったと思います。今の韓国はそうした50年代、60年代の日本に似ています。米国に対する反発と中国に対する恐れがあって、中国と米国でうまくバランスをとる等というような、現実にはあまり良いとは言えないやり方を言う人も多くいます。しかし、大きな流れでいうと、韓国、朝鮮半島にとっては、やはり米国側につくことが死活的に重要だと思います。民衆とは賢いもので、かつての日本も安保反対といっても、結局米国との関係を切った方がいいという人はマジョリティーにはならなかった。しかも、そこに経済発展があって、自分たちの選択は間違っていなかったと思ったわけで、今の日米同盟に対する支持がすごく強いのは、そういう経験に根差したものだと思います。韓国もやはり米韓同盟によって安全保障上如何に安定しているのか、自由貿易のシステムによって経済的に如何に大きな恩恵を得ているのか、よくわかっています。それは民衆レベルでもそうです。

片岡:  プロパガンダは、各陣営からありますね。

渡部:  それは、今のところ、良くも悪くも反日です。しかし、反日くらいであれば、まだいい、反米でないのだから…。従軍慰安婦問題は、日本にとっては困った話だし、米国もそう思っているようですが、それでも、ある意味安全です。米国との同盟関係に直接関係しませんし、悪いのは日本で、しかも、それは今の日本ではなく、昔の日本です。そういうように考えれば歴史認識で、日本があまり熱く反論するのは得策とは言えません。勿論、地道な正しい歴史を共有することはやらないといけないと思いますが…。ちょうど、先日、米国、ヨーロッパ、オーストラリアの日本の研究者187人が、韓国や中国による慰安婦問題の政治利用を批判した上で、日本に対して過去の過ちについて、できる限り偏見のない清算を求めました。

片岡:  米国も支援しているのでしょうか? 米国政府は財団等を通して支援したりしますね。

渡部:  米国政府も多少支援していると思いますが、政府がやれといっても、学者はなかなか動くものではないし、187人となると…。しかも、米だけではなく、欧州や豪州も入っていますので、そういうレベルではないはずです。いずれにしても、これはいい機会だと思います。なぜかというと、今まではそれを下手にやると、日韓関係を悪化させる可能性もあった。しかし、ここまで悪くなれば、この機会にテーブルに全部出すというのは正しいと思います。

片岡:  この問題は韓国にとっては政治利用のカードにもなっていますので、韓国側は残したいのでは?

渡部:  韓国にとっても、このカードは、もはやあまりいいカードではないと思います。というのは、米国も、日韓の両国に苛立っていますし、日米と米韓の同盟関係が弱まると不安定化し、中国の圧力が強まるということです。これは韓国の専門家が正直に言っていた言葉ですが「韓国人は中国人と戦争していますからね」と。韓国は朝鮮戦争で中国の義勇兵と戦っているし、長い歴史から言っても、常に中国の圧力を受けていて、中国は潜在的に怖い相手だと思っている。だけど、目先の感情で、日本に向かってしまうと、結果的に韓国は損します。韓国にそういう損をさせるのであれば、日本はもっと先を見て、慰安婦問題では、出せるものは全部出して、歴史カードをある程度無効化するようなことを考えていいのかもしれません。韓国は確かに従軍慰安婦問題で、世界中で色々やっていますが、それはいけないということではありません。では、日本も同じことをやるべきかというとそうでもありません。例えば、今回の安倍首相の議会演説のように、日本はもっと大きなところで話をしながらやっていくことが必要です。今回、バラク・オバマ大統領が安倍首相を厚遇したのは、日本が自分たちの安全保障の法制、日米ガイドラインを見直して、より、アジアの安全保障の公共財に貢献することを明言したからです。米国だって割けるところは限られているので、そこをやってくれるのは有難いし、そこで固めたい。それくらい長期的には中国に対する懸念があるということです。中国は、南シナ海、東シナ海で拡張的な動きを積極化していますし、将来の不安定さも増しています。中国は経済規模が大きく、変な方向にいかれたらリスクが大きくて困る…。今回の日米首脳会談は、そうした方向感に対する合意がなされました。中国や韓国はかなりのショックを受けていると思います。日本の歴史認識が問題視されたにもかかわらず、これほど日米が握ったのは、中国を巡る大きな戦略の思惑があって、その上での合意があったということだと私は思います。
さて、直近の米中関係を見ると、昨年の北京のAPECでは地球温暖化対策で、二酸化炭素の削減義務を負わなかった米、中が削減に合意をしました。一ついいことがあったわけです。しかし、同じAPECで、中国はシルクロード基金、AIIBと米国に対して牽制的な動きをしました。一方米国は、サイバー問題で、相当に強い牽制球を中国に投げました。特にサイバーによる産業スパイに対する強い罰則規定を作りましたが、これはかなり中国を意識したものです。中国側もそれに対して反発して…。つまり、日米首脳会談に至るまでの米中関係は、必ずしも決定的な対立はしていないのですが、石を置きあって牽制しあっている。その石の一つが日米首脳会談です。中国はパワーバランスを構想するし、行動に反映しますので、AIIBで一本取った中国も、日米首脳会談には「やられた」と思ったことでしょう。

片岡:  中国の核については如何でしょうか。

渡部:  確かに、中国は沢山の核兵器を持っていますが、その精度はまだそれ程でもなく、ICBM(大陸間弾道ミサイル)は沢山ありますが、それは最終手段です。また日本に対しても、米国の核の傘がある限りは中国が核を使うことはありません。しかし、脅しの手段としては、中国の潜水艦が太平洋を米国の近くまで潜航し、核ミサイルで威嚇をしながら、日本とのトラブルに介入したら、カリフォルニアの市民が犠牲になるぞというような脅しの体制を作ったらどうなるかという問題があります。この時、自国民を犠牲にしてまで米国は日本を救わないだろうと日本が思うか思わないか。これは心理ゲームになります。では逆に、日本が核武装をしたからといって、そういう状況の時に米国は日本を守らないという話でもありません。そうなっても、米国は、米国の覇権を守るためにも、覚悟を決めた対応をするでしょう。だから中国も実際は撃たない。そんな危ないことはどちらもやらない。心理ゲームの罠に陥られないくらいに、米国の核の傘の精度と信頼性を保っておけるならば、日本にとっては、今の核不拡散体制が維持される方がいい。よしんば日本が核を持って、その場その場をある程度切り抜けられるとしても、世界中が核兵器を持って不安定になる、そのトリガーを日本が引くというのは…。勿論、核武装をタブーにしてはいけないと思いますし、国際環境が変わった時に、日本が核を持つ選択はどこかであるかもしれませんが、今の国際環境では、日本が核を持つという選択はあまりコストパフォーマンスのいいやり方ではありません。

片岡:  防衛費は大きく膨らみますね。

渡部:  2倍では済まないでしょうね。今のところ、米国の核の傘を利用できるのですから、日本が米国の核の傘で納得して、核開発にいかず、今のNPT(核拡散防止条約)をうまく維持していく方がいい。米国が、イランの核問題についてこれだけ本気で取り組んでいるのも、イランに核兵器を持たせないということもあるのですが、それ以上に世界に対して強いメッセージとなるからです。世界中で誰もが核兵器を作り始めたら収拾がつかなくなります。国ならまだしも、テロリストや犯罪者までもが核兵器を作り出す。これを防がないといけない。もし日本が独自に核兵器を作っても、米国は、日本が米国に対して核を使うとは思っていませんが、今の不拡散体制を守りたいとも思っています。ですから日本が独自に核を持つということもなれば、米国は不快感を持つでしょう。それでも日本が核兵器を持つという選択肢が必要となる時期が来るとすれば、それはアジアの他の国が皆、核を持つようになってくる時です。
さて、もし日本が核の抑止体系を持つとすれば、イギリスのように潜水艦で持つことになるのでしょうが、そのイギリスにとっても、それを維持していくことが、コストに見合っているのか? 結局、プライドではないか…。元々米国とあれだけ緊密な体系を作っているのだから。フランスもそうです。フランスの場合、原子力をビジネスとして回しながら、フランス的なプライドも維持しています。フランスはNATOの政治組織にはずっと参加してきましたが、戦闘組織からは一時期引いていました。そういうツッパリは、核を持っているとできます。しかし、その程度です。そういうゲームに、日本があえて参加する必要ありませんが、原子力の技術を維持することは日本にとって大切だと思います。つまり、やれるけどやらない、それが大事です。勿論、そこから実際に核兵器にするのは簡単ではありません。核実験も必要ですし、しかも兵器はどんどん小さくしないといけないし、ミサイルや原潜も必要です。だからといって、日本がそのように動いたら、当然、中国の強い反発が予想されますし、韓国も台湾も核兵器を保有しようとする…。とんでもない事態になる。つまり、日本の核オプションは、頭の体操としては必要なのですが、その後で、持たないで済んでいる今の状況は運がいいと認識しないといけないし、大切なのは、世界の核不拡散の状況をどう考えるかということです。勿論、北朝鮮もこういう話を理解できていればいいのですが、そうはならない。彼らはひたすら米国や日本、そして中国まで敵になるかもしれないと戦々恐々としながら判断をしています。我々のように、世界に開かれて、豊かに暮らしている国はそういう判断はしない方がいい。イランも大きなポテンシャルを持っている国ですから、今回は是非、合意してもらって、核兵器を作るまでに、1年くらい作る状況までで留めておいて欲しい。米国も一年あれば色々な手を打てます。日本も同じです。日本はしかも核燃料の再処理もできます。周辺国が核を持っているので、いざというときに、ということはありますが、この辺で「寸止め」ということでいいのではないかと思います。

片岡:  貴重なお話を有難うございました。
~完~ (敬称略)

インタビュー後記

「1930年代の日本」に似た今の中国が、今後踏みとどまることができるのか、或は米国がどこで舵を切るのか、それとも舵を最後まで切れないのか…。不安定化するパワーバランスの狭間で我が国は、将来にとって大きなリスクテイクを伴う決断を今後益々迫られるでしょう。その時、我が国の政府や議会は、決断をなすために必要な体制(情報体制も含め)を整えているのでしょうか。国民は、その決断を委ねるに相応しい選挙制度や監視体制を持っているのか、そして適切な情報、教育を獲得しているのか…。制度上、実は強い権限を与えられている首相と同じように、主権を持つ国民もまた強い権限を持ちます。

聞き手 片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

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