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右脳インタビュー 若狭勝

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片岡: 今月の右脳インタビューは若狭勝さんです。若狭さんは東京地検特捜部副部長や公安部長等を歴任、現在は弁護士としてご活躍です。それでは最近の証拠改ざんや情報漏えい問題についてお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。

若狭: 大阪地検特捜部の事件(注1)では証拠を改ざんした当人はもってのほかですが、組織としても人事評価等の問題がありました。結局、組織内部の人間に対して性善説だったことが弊害を生んでいます。今後、性悪説に立つのが良いかどうかは別として、少なくとも性善説の神話は取り払わなくてはいけません。また特捜部の部長や副部長が部下の証拠改ざんを公にしなかったのだとしたら、それは隠蔽できる、発覚しないと思っていたということであって、社会の動きに対する認識が欠如しています。これまで日本の社会には発覚しない、隠蔽できるというところが確かにありました。しかし、今では企業不祥事が起きた時に、隠蔽していたことが発覚すると、隠蔽した事そのものを叩かれ、大変な事態になった例は枚挙に暇がありません。10年、20年前であれば隠せたことであっても、もはや隠蔽できない社会になったということを、まず考えなければいけません。だからこそ説明責任を伴った情報開示が社会の基軸の一つになってきているのだと思います。尖閣での問題も、内閣が隠せると思ったこと自体がボタンの掛け違いだったと思います。また色々な意味でガバナンス力の弱体化も誰の目にも明らかになってしまっていて、国内外で影響が出てきています。国レベルで見るとわかりやすく、中国にしてもロシアにしても日本のガバナンス機能が十分でないから、強く出てきている感があります。このままの状態が続けば、日本の国力そのものが低下していきます。落ちるところまで落ちてから上がればいいと言う人もいますが、10年、20年と底にへばりついていると、もう一度力を付けるのに更に何十年とかかります。

片岡: 社会面でも大きな影響が出てきますね。

若狭: モラルが低下してきますが、どんなコミュニティーでも10人のうちの2、3人は悪い人、モラルがない人もいるのは当然で、それでも成り立っています。それが4人、5人になると8人、9人まで一気に増殖してしまいます。そうなるとぐちゃぐちゃです。今、日本社会は嘗ての権威が崩壊して価値観に軸足もなくっなてきています。ぐちゃぐちゃになる前に、どこかでキチンと価値観を打ち立てて、それに基づいて政治や社会を動かしていくことが必要です。そういう意味でも私は裁判員裁判(注2)を評価しています。今までの裁判は国や裁判所がこうだと決めて、具体的な行為がそれに当てはまるかどうかを考える、そういう意味では思考方法も運用も演繹的でした。一方、裁判員裁判は帰納的で、裁判官だけの裁判であったものに市民の声を入れた事自体が価値観を再構築する新しい一歩となります。そしてこれからの一件一件の具体的な判決の蓄積が司法を再構築します。もし問題があればそれも裁判員裁判で変えていけばいい…。選挙の一票というものは、影響が見え難いのですが、裁判員裁判では自分の一票の影響をリアルタイムに目にします。そして判決というのは国の一つの機関ですから、国に参加するという意識が市民に目覚めて来るはずです。

片岡: 何故、今、裁判員裁判が導入されたのでしょうか。

若狭: 今、国民の信頼を取り付けないと、司法は国民から見放されます。そのためには国民に参加して貰うのがいい。そして先程のモラルの問題に関係しますが、我が事として事件や犯罪を考えることは、周りの犯罪に目を光らせる事に繋がり、抑止力となります。また裁判員裁判はそもそも米国からの経済的側面に対する外圧で、当初は経済界が強く動き、そこから徐々に刑事にも広がってきました。現職検事の殆どは、裁判員裁判に反対で、去年の5月時点になっても8割くらいが反対だったと思います。というのは裁判員に説明する時は今までと同じ表現では難しく、更に学習が必要で手間がかかります。また市民が参加して正しい裁判が本当に出来るのかという懐疑的な見方もありました。しかし実際に裁判員になった人たちは真剣でした。また裁判所と検察は人事交流があり、裁判所は検察よりだとの指摘を受ける事もありました。メディアで言われる程、なあなあではありませんが、それでも市民が入ることによって、より一層中立を保たなければいけないという意識を持つことは大きな効果があります。また実際に検察よりかどうかは別として、検察よりと見えるだけで問題です。そういう意味でも意義があります。ただ死刑判決に普通の市民がかかわるべきかという点には疑問を感じています。やはり負担が大きすぎます。刑務官でも死刑執行の時は、3人が同時に3つのボタンを押し、誰が本当のボタンを押したか分からないようにして心の負担を軽減しています。裁判員裁判自体はいいことですが、こうした点はしっかり考えていかないといけません。

片岡: 今回、死刑が求刑された事件の裁判が続きましたが、メディアの報道もありますので、裁判の順番が影響を与えかねませんね。

若狭: 耳かきエステ店員とその祖母が殺害された事件の裁判で、あれ程、無期か死刑かと争われました。その後に横浜港バラバラ殺人事件のような、より残忍な事件が出てくれば当然、死刑となる可能性も高かったでしょう。この二つの裁判は東京高等検察庁(注3)が順番等を決めています。東京高検からすると前者は無期で後者は死刑という意識はあったかもしれません。そして後者が死刑にならなければ控訴したでしょう。この2つの裁判では犯人が起訴事実自体を認めていましたが、次の鹿児島の高齢夫婦を強盗目的で殺害した事件では完全否認です。より難しい判断が求められ、その中で死刑判決を出すのか、裁判員にとって大変な負担となります。また裁判員制度の致命傷は冤罪が出た時です。市民を巻き込んで冤罪にできるのか…。そういう意味ではこれからまさに裁判員裁判の正念場です。裁判員裁判の制度自体は国民の声をあまり聞かずに導入されましたが、既に始まった裁判員制度をどのように変えていくか、運営していくかを、裁判員裁判を通して決めていくということは、まさしく国民の声を聞くという裁判員裁判の趣旨に合致します。死刑の問題等も国民がどう考えるかを主軸にすればいいと思います。
片岡:  市民が法を勝とるという意識も育ってきそうですね。ところで若狭さんは大型バイクが好きだそうですね。

若狭: バイクは自分だけの世界ですから良いですね。ところで、昔、ハーレー・ダビッドソンに乗っていたのですが、盗難にあいました。ローンで買い、バイク保険も2年ほどたったので止めていたので、バイクがなくなっても、ローンは残り…。やはり頭にきました。
片岡: 被害者を実際に体験なさったわけですね。

若狭: 検事としては良い経験をしたと思います。部下が案件をあげてきた時に、あまり被害者の事を考えておらず、one of themで右から左に流したような感じで求刑も軽く…等と被害者の視点でも感じることができるようになりました。その後、1年くらいたって「アジトは見つかりましたがバイクは既に外国に持って行かれたようです」と警察から連絡がありました。組織的なプロ集団でした。組織犯罪というのは、おっていくのはなかなか難しいものです。下を捕まえてもなかなか口を割りません。皆が正直に口を割れば上の方まで行くのですが…。
片岡: 暴力団等に対しても取り締まりを強化していますね。

若狭: 人、モノ、金の封じ込めで、人は捕まえる。モノは事務所を作らせない。金は資金源を断つ。そういう三大作戦を実施しています。しかし暴力団側も、それを避けるためにフロント企業とか、目に見えない形で深まり、どんどん進化させてくるので、イタチごっこの面もあり、未だに相当な規模があると思います。組織犯罪は、ひたひたと、知らないうちに蝕んでいて、気がついたときには手遅れとなってしまうような性質のものです。例えば、フロント企業で民事に介入し、資金源とします。そして最後になって具体的に回す。例えば、XXXホテル等に年間X日間泊まれるといって会員を集め…というような感じです。
片岡: 貴重なお話を有難うございました。
~完~

インタビュー後記

今、若狭さんは乗馬に夢中で、ご自身の馬も持っているそうです。「名前はディンゴ、埼玉の牧場だから、費用はそんなにかからないですよ。本当は週には一回は行こうと思っているのですが…」と。若狭さんは弁護士の仕事に加え、メディアでも引っ張りだこで、なかなか乗馬の時間もつくれないそうです。

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。
脚注

注1

http://ja.wikipedia.org/wiki/大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件

注2

http://ja.wikipedia.org/wiki/裁判員

注3

http://www.kensatsu.go.jp/kakuchou/h_tokyo/h_tokyo.shtml
http://ja.wikipedia.org/wiki/東京高等検察庁

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