第36回 国際法務その2: 国内法としての国際刑法
前回(第35回)では、同じく「国際刑法」と呼ばれているものには、「国内法としての国際刑法」と「国際法としての国際刑法」の2つがあること、このうち「国内法としての国際刑法」を誤解のないようにするためには「日本刑法(国内法)の国際的側面に関する規定」と呼ぶべきであることを述べました。つまり、加害者が日本人か外国人か、被害者が日本人か外国人か、犯行場所が地上であった場合には、その場所が日本国内か日本国外か、犯行場所が船舶または航空機であった場合には、その船舶または航空機が日本籍か外国籍か、もし外国籍であれば、その外国船舶または外国航空機の犯行当時の所在場所が日本領海内または日本領空内であったか、などの国際的な要素・条件次第で、日本刑法(国内法)がどのように適用されるか定めている規定を「国際刑法」と呼ぶ(誤解を招きやすい)習慣があることに注意すべきです。
さらに注意すべきことは「日本刑法(国内法)」とは何かということです。例えば、最近話題になった事件としてPacific Consultants International (PCI)のベトナム公務員に対する贈賄事件があります。これは、日本会社であるPCIの元幹部が、ベトナムでの政府開発援助(ODA)事業を巡って、事業受注の見返りとして、ホーチミン市の担当幹部に贈賄したという事件です(注1)。日本人の贈賄事件ですから、日本の刑法第198条が問題になる筈ですが、この事件では、不正競争防止法が問題となっています。何故でしょうか? 実は、日本人が外国公務員に贈賄することは刑法第198条の処罰対象にならないからです。刑法第198条(注2)は、誰かが(日本人であれ外国人であれ)日本国の(国家または地方)公務員(注3)に贈賄することを処罰対象としているのです。ところが不正競争防止法第18条第1項は、「何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、・・・金銭その他の利益を供与し、またはその申込みもしくは約束をしてはならない。」と規定し、同法第21条第2項は、「次の各号のいずれかに該当する者は、5年以下の懲役もしくは500萬円以下の罰金に処し、またはこれを併科する。・・・ 第6号 ・・・第18条第1項の規定に違反した者」と規定しています。このように、「日本刑法」という場合、日本の「刑法典」(明治40年4月24日法律第45号)はもちろん、いわゆる特別刑法(たとえば、爆発物取締罰則(注4)、暴力行為等処罰に関する法律(注5)、航空機の強取等の処罰に関する法律(注6)、人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(注7)、人質による強要行為等の処罰に関する法律(注8))およびいわゆる行政刑法(たとえば、道路交通法(注9)、国家公務員法(注10)、法人税法(注11)、所得税法(注12)、独禁法(注13)、金商法(注14)などの罰則)を含みますが、上記のような「不正競争防止法」上の罰則規定などをも含むことに注意すべきです。
脚注
注1 平成21年3月24日の東京地方裁判所の有罪判決によりますと、「甲被告人は、平成18年に政府開発援助(ODA)事業に絡み、ベトナム・ホーチミン市の幹部に22萬ドル(約2,400萬円)の賄賂を渡した」と認定されています。
注2 刑法第198条(贈賄):第197条から第197条の4までに規定する賄賂を供与し、またはその申込みもしくは約束をした者は、3年以下の懲役または250萬円以下の罰金に処する。たとえば、刑法第197条第1項第1文は、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、またはその要求もしくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。」と規定しています。
注3 刑法第7条第1項(定義):この法律(刑法)において「公務員」とは、国または地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。
注4 明治17年12月27日太政官布告第32号。
注5 大正15年4月10日法律第60号。
注6 昭和45年5月18日法律第68号。
注7 昭和45年12月25日法律第142号。
注8 昭和53年5月16日法律第48号。
注9 昭和35年6月25日法律105号。
注10 昭和22年10月21日法律第120号。
注11 昭和40年3月31日法律第34号。
注12 昭和40年3月31日法律第33号。
注13 昭和22年4月14日法律第54号 私的独占の禁止および公正取引の確保に関する法律。
注14 昭和23年4月13日法律第25号 金融商品取引法。