Home»経験談、インタビュー»右脳インタビュー»右脳インタビュー 岩倉正和

右脳インタビュー 岩倉正和

0
Shares
Pinterest Google+

片岡:  今月の右脳インタビューは弁護士の岩倉正和さんです。岩倉さんは数々の著名なM&Aに携わってこられましたが、その中でも買収防衛策の是非が最高裁まで争われたブルドックソース事件注1は印象的でした。それでは投資ファンドのスティール・パートナーズ注2がブルドックソースの株を取得し始めた頃の状況等お伺いしながらインタビューをはじめたいと思います。

岩倉: スティール・パートナーズは2002年頃からブルドックソースに株付けを始め、私はブルドックソースの顧問弁護士としてその件の対応についてお手伝いを始めました。当時、日本企業はぬるま湯の資本市場に浸っていて、企業価値、株主価値を十分に意識しておらず、収益性が低いわりに不必要に内部留保をため込んで株主に還元せず、PBR(株価純資産倍率)が1を割っているような企業が沢山ありました。それは今も同じで、あの頃から、少しは変化しましたけれど…、あまり変わらなかった。それだったら上場している意味がないし、PBRが1以下ということは市場で株式を全部買い占めれば必ず儲かります。勿論、「理屈では」ですよ。コストもかかるし、そう簡単じゃないのですが…。
そこに目を付けたのが村上ファンドであり、その後に出てきたスティール・パートナーズでした。彼らは「自社株買いをしろ」「配当を大きくしろ」…株主としての色々な要求をし、いざとなったら買収するぞと。結局、その後はいずれの件でも高値で売り抜けたわけです。資本市場で、誰もそういうことをしなかったときに先に行動した…。勿論、それ自体は違法な事ではありません。
彼らの行動はマーケットを変え、日本企業の経営者の意識を変えたという意味では、意義がなかったとは言いません。しかし、個々の会社の企業価値を高めたかというとそうではない。結局、自分の利益のためにやっていて、株を安く買って高く売り抜けて、また配当か譲渡益で利益を上げるというのが彼らのやり方で、企業価値を高めるということはあまり考えていません。

片岡:  スティール・パートナーズはブルドックソースに対してどのような働きかけをしてきたのでしょうか。

岩倉:  彼らも最初は人がいませんでしたので、ブルドックソースにはあまり積極的に働きかけず、年に1,2回やってきて、「MBOしないのか」「配当をあげないのか」というだけでした。それが2007年、何の事前連絡もなく、突然全株式に対するTOBを知らせるFAXが会社に届きました。しかも英文で。それだけで、会社に何も連絡は来ていないし、マスコミからは「スティール・パートナーズがブルドックソースにTOBを掛けると言っていますが本当ですか」と問い合わせがくるし・・・これが事件の発端でした。TOBして100%株を買い占めるのに、何の事前の連絡もないということは、本気で買収して経営するつもりならば、あり得ないことだと思います。
その日は、マスコミ経由の情報程度しかなかったのですが、翌日にはスティール・パートナーズからブルドックソースにも書類が届きました。それで社内もやっと本当にTOBをかけられたのだ…と。その書類では、彼らは100%買収するけれど、経営は現在の経営陣にそのまま任せると書いてあります。しかし会社をどうやって経営していくのか等は何も書いてありませんでした。それでいて、目的はFundだから株を売って利益を上げます…と。
証券取引法(現 金融商品取引法)では、上場企業がTOBをかけられたときには5営業日以内にそのTOBに対して「賛成」「反対」或は「何も言わない」と、意見表明をしなければなりません。会社の取締役は善管注意義務を負っていますから、株主や投資家に対して、TOBに賛成するならなぜ賛成するか、反対するならなぜ反対するか、ちゃんと分析して意見を表明しなければいけません。経営者の勝手な判断ではダメで、法律や経営上のアドバイスをプロフェッショナルに求めます。この時は、我々とFinancial Advisorの野村証券でした。しかし検討するとしても、そもそも5営業日以内に答えるなんて無理です。事前に何の情報もなかったのですから…。そこで最初は「意見を留保する」という意見を表明しました。
その一方で、金融証券取引法ではTOBを掛けられた会社はTOBを掛けた会社に対して質問する権利も定めています。「何の目的で、どういう経営をしようとしているのか」「資金源はどこか」等と、この件では70項目ぐらいの質問をしました。100も200も書くと嫌がらせと思われますから…。スティール・パートナーズには回答する義務があるのですが、大半は営業上の秘密だといってまともな回答をしませんでした。それらを見ると、スティール・パートナーズは企業価値を高めようとするものではなく鞘取りというやり方だと判断できましたから、そんなものに対しては賛成できません。再度協議して「公開買付には反対、また株価も適切ではない」との意見を表明しました。普通であれば、ここで終わってもいいのですが、スティール・パートナーズは事前に何も連絡せずにTOBを掛けるという土足でいきなり入ってくるようなやり方をしましたので、ブルドックソースの経営陣は積極的に戦うことを選び、単に反対意見表明するだけではなく、買収防衛策を検討しました。それは保身ではなく、買収防衛策の導入についても、導入後の行使についても、すべて株主総会での株主の議決に委ねることとし、しかも特別決議、3分の2の株主の賛成が必要という高いハードルで、フェアで、ニュートラルなものでした。
これは企業価値研究会注3のガイドラインに従って既に何百社にも入っていた事前警告型の買収防衛策を少し変化させたものです。ブルドックソースの経営陣は他社が買収防衛策を導入した折には、それよりも利益を上げ、配当を増やし、企業価値、株主価値を高めることで、あえて事前の買収防衛策を導入していませんでした。

片岡:  実際にTOBを掛けられて、買収防衛策を導入したわけですが、最初に導入しないと決断する時点ではこうした買収をあまりリアルには予想していなかったのでしょうか?

岩倉:  それは、利益をずっと出していたから、導入しなくても良いと考えていたということでしょう。実際、PBRも0.6から1.4に改善させていました。買収防衛策を導入するにあたって、池田章子社長以下経営陣からのリクエストは、唯一「裁判になっても最後まで必ず勝てるようにして欲しい」というものでした。当時、日本の裁判では、ニッポン放送が事後的な買収防衛策を採用してライブドアに負け、その前にもニレコが日本で初めてポイズンピル注4と呼ばれる買収防衛策を導入して負けるなど、東京地裁、東京高裁の判断は企業にとって厳しい判断が続いていました。私は東京地裁、東京高裁の判断(権限配分論)は必ずしも適切ではないと思っていて、株主総会の特別決議を経なくても、取締役会だけでも買収防衛策を導入できると論文にも書きました。でも、現実の世界では、裁判に負けるわけにはいきません。自説は置いておいて、株主総会で特別決議を経て買収防衛策を導入・行使するという形にしました。

片岡:  特別決議での勝算はどのくらいあったのでしょうか。

岩倉:  特別決議を取るのは大変なことです。既に10%をスティール・パートナーズに持たれていたわけですし、個人株主も結構いました。確かに金融機関や取引先も多くの株式を持っていましたが、経営陣は株主総会の前日の夜、当日の朝まで特別決議を通せるように彼らを回り、池田社長は「正直言って、特別決議を通せるか分かりません」と仰っていました。通らなかったらそれでもしょうがない。自分でハードルを高くしたのですし、ごまかせませんから…。それは運命です。池田社長は凄い方ですよ。
さて、この買収防衛策は、少し大雑把にいえば、スティール・パートナーズの4分の3の株式を買い取った、つまり対価としてお金を支払いました。スティール・パートナーズの保有株すべてを取り上げることはできません。しかし取得条項付新株予約権という新会社法で認められたテクニックを使って、スティール・パートナーズには一般株主との間で行使条件に差をつけ、それによって会社が強制的に買い取る分については経済的補償をすることで、4分の3を取り上げました。けれど、スティール・パートナーズにお金を渡して、会社に損害を与えたのは妥当ではないという批判が当初はありました。会社の真の状況を色々論文で書いて、それからは誰も反論できませんでしたが、実際には会社にとって全然損害はありませんでした。4分の3の対価は会計上も税務上も「損金」になり、この会社は利益を出していたので、十分なタックス・メリットがあったからです。同じ時期にTOBを掛けられた天龍製鋸は反対意見を表明しただけで、こういう裁判もせず確かにそれらのためのコストもかかっていません。しかし、最終的にはスティール・パートナーズが持っていた株式を市場で買取りましたが、これは損金に参入できませんでした。どちらが得だったかというと、実質的にはブルドックソースだったと言えるでしょう。我々は国税にも事前にあたっていましたし、偶然ではなく、きちんと準備して行ったものです。グリーンメーラー注5に利益を与えたのではないかという人もいますが、会社も株主も得をしたわけですから何の問題もないはずです。そして裁判も、地裁でも高裁でも、そして日本で初めて最高裁でも我々が勝ちました。
ところで私は、TOB期間中に池田社長と一緒にスティール・パートナーズのWarren G. Lichtenstein代表と一度だけ会談しました。事前に彼の講演日程などを調べた上で会談を申し込み、向こうも避けてばかりはいられなかったのでしょう。こちらからは先ほど話した70項目のうち、10項目程を尋ねました。しかし、全然まともな答えが返ってきません。ブルドックソースは良い会社だといいながらソースが嫌いだといい、ソースが何からできているかも知ろうとしない。向こうも弁護士が同席していましたので、裁判で不利に使われる…とでもアドバイスされたのでしょう。急に、私はたばこを吸わないけど、たばこ会社に投資していると言い向けて来ました…、全然説明になっていません。こうしたことはマスコミに伝わりました。裁判にどう影響するかは分かりませんが、マスコミ受けはしません。一方ブルドックソースは、「この会社と株主を守るために」と女性の池田社長が懸命に記者会見に臨み、マスコミの大半がこちらについてくれました。勿論、池田社長は法律を勉強した方ではないので我々も事前にコーチし、またPR会社も雇いました。マスコミ対応や記者会見を仕切ってもらうとか…。そうはいっても、法律は我々が、財務の分析に関しては野村証券が、何を言っていい、何を言ってはいけないと、全部チェックして発表しました。でもマスコミがついたからといって裁判で勝てるというわけではなくて、裁判は裁判、元々予定した通りに進めて勝ちました。
片岡:  情報収集について如何でしょうか。例えば専門の調査会社等を使ったのでしょうか。

岩倉:  野村証券やPR会社は色々な調査をやったかもしれませんが、スティール・パートナーズは華々しくやっていたので我々はデーターベースやネットくらいで、調査会社までは使いませんでした。スティール・パートナーズはポルノ産業にも投資しているとか、悪意のある買収を行っていたといったようなことはネットで調べて裁判所にも提出しました。ただ、私は、搦め手は使わず、弁護士は正攻法でなければならないと思っています。裁判官にはそうした手は通じませんし、裁判は、裁判に勝つことに徹しないと勝てません。それこそ買収防衛策の導入では、企業側は負け続けているのですから…。最高裁までいったのも我々がはじめてですし、買収防衛策が裁判で争われて企業側が勝訴したのもはじめてです。尤も、普通は東京高裁で全てが終わるところをスティール・パートナーズが上告しました。高裁で濫用的買収者と認定されてしまいましたから、上告せざるを得なかったでしょう。
片岡:  スティール・パートナーズとの問題で、ブルドックソースが弁護士事務所やファイナンシャルアドバイザー、PR会社等のプロフェッショナルサービスに支払った費用はどの程度なのでしょうか。

岩倉:  詳しくは言えませんが、全部で数億円ではないでしょうか? もっとも我々のリーガルフィーは、その中でも小さい方です(笑)。でもスティール・パートナーズは、我々の何倍ものリーガルフィーを払ったと言われています。
片岡:  スティール・パートナーズは主導権も持ち、時間もお金もあったのに、彼らの一連の行動はちぐはぐな感じが致します。例えばTOBのやり方も、常識的に考えても裁判には不利となるやり方を重ねているのではないでしょうか。彼らの目的や行動をどう分析されていたのでしょうか。

岩倉:  その点は、私も解せません。私であれば、あのやり方は最初から裁判でも不利になると思ったはずです。彼らも大手の弁護士事務所を使っていましたので、それなりに準備してきたはずですし、それでも勝てると思ったということでしょうか。これは相手に聞かないとわかりません…。
片岡:  先程、経営陣は善管注意義務があり、買収オファーに対して賛否をきちんと説明しなければならないとのことでしたが、不確定な要素が多いわけですから、実際には経営陣の意思に大きく依存するのではないでしょうか。

岩倉:  米国では、経営陣が招いた(solicit)ものではなくても、買収のオファーがあり、それが本当に企業や株主のためになるのであれば、経営者は喜んで「買収して下さい」といいます。そうしないと株主等に訴えられて、裁判に負けてしまいます。そういう意味では、日本の裁判が、経営者の判断についてもっときびしく切り込めばいいのですが、日本の裁判所はなかなかそういうことをしません。実際、日本の裁判では、経営判断の純粋な不合理性で負けた例は一件もありません。米国にはたくさんありますが…。アパマン事件注6というのがあり、高裁では経営判断の不合理性で負けたのですが、最高裁でひっくり返ってしまいました。裁判官はビジネスが十分には分からないから、合理的だ、不合理だといいたくないということなのでしょう…。
片岡:  一例もないというのは…、やはり問題ですね。さて、ブルドックソース事件以降の買収防衛はどうなっていったのでしょうか。

岩倉:  ブルドックソースが初めて裁判で勝ったのですが、でもその後、買収防衛策の導入は株主の利益にならないとか、株価を抑えるとか、どちらかというと評判はよくありません。一方、私は関与していませんが、王子製紙が北越製紙(現 北越紀州製紙)にTOBを仕掛けましたが注7、北越製紙は色々な手を使って買収を防衛をしました。王子製紙はライブドアやスティール・パートナーズとは異なります。きちんとした事業計画を出して、TOBの条件もきちんと開示してやっていましたし、悪い敵対的買収ではなかったのですが、日本の社会が、文化が、まだそうしたものを受容する状況ではなかったこともあり、失敗しました。
ところで、よく「敵対的」という言葉をマスコミが使うのですが、この表現は良くありません。米国でも敵対的に当たるhostileとか、非友好的のunfriendly等ではなく、日本語になり難いのですがunsolicited tender offer、経営陣が招かないで生じた買収といったりします。私は防衛側でやることが多かったですけれども、それはスティール・パートナーズや村上ファンドと戦うからであって、しっかりした企業がちゃんとした事業計画に基づいて対象会社の企業価値、株主価値を高めるためにunsolicited tender offerを行うのであれば、そのような取引はあって良いと思うし、そういう取引がないと日本経済、特に資本市場は良くならないと思います。そのためにも、一つ成功事例がでれば…、それこそ王子製紙が成功すれば変わってきたのでしょうが、王子製紙ですら、だめだったのか…となってしまっています。もったいないですよね。unsolicited tender offerが、どんな時にもあった方がいいとは言いませんが、あってしかるべき時にも起こっていません。
片岡:  日本企業が外国で外国企業に対してunsolicited tender offerが出来ても、外国企業は日本で日本企業に対しては、実質的に殆どできていないという状況も難しいですね。

岩倉:  日本企業も外ではunsolicited tender offerをやっていますからね…。いずれにしても、日本経済にとってもunsolicited tender offerは、あった方がいいことですから。
片岡:  貴重なお話を有難うございました。

~完~

インタビュー後記

突然TOBを掛けられる…。大半の経営者にとっては未知の恐怖、その心労は凄まじいものです。岩倉さんはTOB期間中、スケジュールを遣り繰りして、毎日のようにクライアントのもとに通い、法的な相談は勿論、経営者の愚痴を聞きくのも弁護士の大切な役割の一つと、そうしたケアにも心を配るそうです。
さて、多忙を極める岩倉さんは、普段の睡眠時間は3,4時間くらい、なかなか取れないオフには、マラソンやトライアスロン等を楽しんでいます。

聞き手
片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。クライシス・マネジメントとメディアに特化したアドバイザリー事業を展開

脚注

注1  ブルドックソース事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/ブルドックソース事件 (最終検索2013年5月1日)

注2  スティール・パートナーズ
http://ja.wikipedia.org/wiki/スティール・パートナーズ (最終検索2013年5月1日)
注3  企業価値研究会
http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/kachikenn.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/企業価値研究会
(最終検索2013年5月1日)
注4  ポイズンピル
http://www.yuasa-hara.co.jp/news/pdf/houmu028.pdf (最終検索2013年5月1日)
注5  グリーンメーラー
http://ja.wikipedia.org/wiki/グリーンメーラー(最終検索2013年5月1日)
注6  アパマン事件
http://www.city-yuwa.com/explain/ex_precedent/detail/pdf/att_cr_apaman/01.pdf (最終検索2013年5月1日)
注7  北越製紙
http://ja.wikipedia.org/wiki/北越紀州製紙 (最終検索2013年5月1日)

Previous post

北京の空 “環境問題は百年清河を待つ” なのか

Next post

中華人民共和国憲法と自由民主党日本国憲法改正草案 ~Series「改憲」(第4回)