第4回 内部告発者法(その4): 日本での内部告発奨励法
前回(その3)では、内部告発奨励法としてのFederal False Claims Actの歴史的な歩みを見ました。いかにもアメリカらしい法律(注1)ですが、qui tam actionsを許容するFalse Claims Actは、連邦 (federal)レベルだけではなく州 (state)あるいは市 (municipal)レベルでも存在します(注2)。実は日本にも同じ型の法律がありました。「第三者通報と報償金」を定めた旧所得税法54条です。その第1項は「納税義務があると認められる者が、確定申告書もしくは修正確定申告書を提出しなかった事実または所得金額もしくは所得税額・・・に脱漏があると認められる事実を、政府に報告した者がある場合において、政府がその報告に因って当該所得金額、所得税額・・・を決定しまたは更正したときは、政府は・・・その報告者に対し、決定または更正に因り徴収することができた税額の百分の十以下に相当する金額を、報償金として交付することができる。・・・」と規定していました。この「第三者通報と報償金の制度」は、もともと「申告書の公示制度」との組み合わせで「課税の適正を期するため制度」として、シャウプ勧告に基づいて昭和25年に創設された制度です。つまり、納税者の申告書を公示して、この公示された申告書を見て(この納税者にはもっと所得がある筈だ、とか、あの人が申告書を出していないのはおかしい、とか)不審を抱いた第三者から政府に対する通報を期待し、そのような第三者通報を奨励するために報償金を与える、という制度だったのです。ところが「第三者通報と報償金の制度」の方は、昭和29年に「わが国の実情に則さない点がある」として廃止されましたが、「申告書の公示制度」の方は、いわゆる長者番付として高額納税者を顕彰する制度として存置されたのです。しかし、この長者番付も平成18年度からは「個人情報保護の観点」から廃止されることになりました(注3)。
第1回でも触れましたように、平成18年1月4日から施行された改正独禁法にある「課徴金減免制度」、つまり、「事業者が自ら関与したカルテル・談合について、公正取引委員会が立入検査を行う前に、その違反内容を公正取引委員会に報告した場合、課徴金が減免される」という制度も内部告発奨励法の一種です。読売新聞の平成18年3月29日版は、次のように報道しています。「水門の設置工事を巡る談合疑惑で、独占禁止法違反容疑で公正取引委員会の立ち入り検査を受けた各メーカーに、工事を発注する国土交通省や独立行政法人・水資源機構のOBらが天下り、受注調整に関与していた疑いのあることが、関係者の話で分かった。・・・端緒となったのは、企業からの「自主申告」とみられ、改正独占禁止法の施行で今年1月から導入された課徴金減免制度適用の第1号となりそうだ。」
脚注
注1 John Grisham, The Partner (新潮文庫に邦訳があります。ジョン・グリシャム、パートナー、上・下。)は、False Claims Actを題材としたリーガル・サスペンスの決定版とされています。
注2 アメリカのFalse Claims Actを本格的に勉強したい人には、John T. Boese, Civil False Claims and Qui Tam Actions, Third Edition, Vol. 1 and Vol. 2, Aspen Publishers (2006)があります。この2巻本には、False Claims Actに関する解説および判例の外に、連邦、州、市のFalse Claims Actの原文およびカリフォルニア州法と連邦法との比較表が収録されています。
注3 たとえば、産経新聞平成18年3月28日版は、次のように報道しています。「参院本会議が27日開かれ、高額納税した個人や法人の公示制度を廃止する所得税法など一部改正法案が賛成多数で可決された。「長者番付」が今年から姿を消す。公示制度は昭和25年から始まった。現在では所得、法人、贈与などの各税について、一定額を超える申告をした個人、法人の税額、申告所得などが管轄の税務署で掲示される。導入当初の目的は、第三者による脱税情報の奨励だったが、その後、高額納税者への顕彰の意味合いも加わった。・・・しかし、個人の住所が公示されるため空き巣などの被害もあり、プライバシー保護の観点から廃止を求める声もあった。また、延滞税を覚悟で確定申告の期限後に申告する「公示逃れ」や、国税当局に寄せられる脱税情報の減少など、制度の形骸化が顕著になっていた。」