計画経済医療による首都圏の医療・介護危機
首都圏で、75歳以上の高齢者人口が急増しつつある。筆者は、10年先、医療・介護サービスの深刻な提供不足が生じるのではないかと危惧している。場合によっては社会不安になりかねない。具体的には、要介護者の退院先が見つからなくなる、急性期医療を必要としている患者が入院できなくなる、高齢者の孤独死が激増する。
政府は、「介護離職ゼロ」を掲げて入所介護施設を増やそうとしている。しかし、若年労働者の不足、介護労働者の低賃金、特に首都圏では他職種との格差が大きいため、介護労働者の確保が困難だ。
従来、首都圏の病院は、診療報酬が全国統一であるにもかかわらず経費が高くつくため、経営が苦しかった。これに2014年4月の消費税率引き上げが重なって大病院の経営が危うくなった。医療には消費税は課されていないが、病院の仕入れには課されているので、消費税率引き上げは病院に経済的損失をもたらす。『選択』15年9月号によると日本医大、北里大学、聖マリアンナ医大は赤字経営であり、とりわけ日本医大は危機的状況にあるという。私立大学病院は、医師の人件費を抑制して対応してきたが、医師に見放されかねない。
筆者が最も危惧しているのは、厚労省が切望してきた「強制力」を伴う計画経済の弊害だ。14年の医療介護総合確保推進法によって、病床機能ごとに必要量を行政が決め、その整備に強制力を行使できることになった。地域医療構想の策定とそれに基づく整備は、都道府県医師会、保険者、市町村などが参加する会議体が担当する。実質的には行政が主導する。私立の医療機関に対しても、「正当な理由がなく、要請に従わない場合には勧告を、許可に付された条件に係る勧告に従わない場合には命令をそれぞれすることができ、当該勧告等にも従わない場合には医療機関名の公表、地域医療支援病院の不承認又は承認取消し、管理者の変更命令等の措置を講ずることができる」(地域医療構想策定ガイドライン)とされている。さらに消費税増収分を活用した基金(地域医療介護総合確保基金)からの補助金を、都道府県の裁量で配分する。消費税率引き上げ分が診療報酬に十分に反映されていないことを考え合わせると、この基金は病院の収益の一部を取り上げ、それを、支配の道具に使う制度だと理解される。
個別病院や施設の経営が、行政や地域の競合相手の参加した会議体に大きく影響される。投資を行政の恣意的補助金配分に依存することになる。病院組織の内と外の境界が不明瞭になり、独立した判断主体としての体をなさなくなる。経営に対する責任感覚が弱まり、病院や介護施設の活力がそがれる。
計画経済は、行政が強大な権限を持つことになるため、専制を招く。腐敗と非効率は避けられない。旧共産圏では、現場の活力を奪い、製品やサービスの質と量の極端な低下を招いた。計画経済は人間の能力を超えている。日本における医療・介護でも、その欠陥が、首都圏でサービスの深刻な供給不足として顕在化する可能性がある。