本格的な武力紛争はどのようなシナリオにおいて生起するか?
武力紛争のシナリオを想定する場合、時期、場所、国際政治的な枠組みにある種の前提を置き、そのもとで生じうる紛争について、その主体と紛争の様相とレベルに応じて事態を分類する。その後、それぞれの事態ごとに、正面、時期、期間、戦法などで、具体的なシナリオを描くという手順をとると、問題の分析が容易になる。
1. 前提
対象時期は、2020年代半ばころまでとする。理由は、中国の経済社会の統一性と安定性が維持され、他方で米国の財政赤字削減のための約1兆ドルに上る国防費削減が進められ、米中間の軍事力のバランス・オブ・パワーが中国有利に傾き、日中紛争の可能性が高まる時期に相当することにある。
それに連動し、あるいは前後して中国の台湾進攻、北朝鮮の南進または対日限定攻撃も生起する可能性がある。
日米安保体制については、新ガイドラインの範囲内で維持されるとする。核戦力バランスについては、米中はほぼパリティとなり、東アジア・西太平洋では、中国側の核搭載の各種ミサイルの優位性に変化はなく、接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略は効力を持つとする。米側はエアー・シー・バトル構想に基づく戦略で対抗するものとする。
2. ありうる事態とその主体
本格的武力紛争を対象とする以上、その主体は国家となる。非国家主体にはそのような紛争を起こす力はない。ただし、国家がテロリストなどの非国家主体を利用しあるいは連携する可能性はある。
日本周辺国で、対日本格侵攻を行える能力と意思を持つ国としては、一応、中国、北朝鮮、場合によりロシアがあげられる。
3. シナリオ
(1) 中国
ア 日米離間工作
中国が対日侵攻を行う場合、最大限に注力するのは、米中の離間であろう。その条件として、①米国に対するA2/AD戦略を発動しうる軍事的な態勢作りが、その掩護下での海空侵攻とその後の海空支配を可能にさせるほど優位になること、②米国に対する「三戦」、心理戦、輿論戦、経済関係をてこにした政財界の懐柔、③イスラム過激派、イランなどを利用し、中東、欧州などでテロ、局地紛争を起こさせ、米軍を拘束し、アジア・太平洋に力の空白を作為。可能ならロシアと連携しウクライナなどで緊張作為
イ 侵攻前の対日工作
日米離間を図ったうえで、侵攻前から、秘密工作員、特殊部隊要員などを潜入させ、目標偵察、破壊工作、言論誘導、ネットを通じたデマの流布、サイバー攻撃などにより、侵攻を容易にするための準備工作を展開。有人島と沖縄本島では、支援者組織を在留中国人とその協力者を中心に組織化し、あわせて日本の政経、言論中枢に対しても対中融和論を浸透させるなどの対日工作を実施する。
ウ 侵攻作戦のシナリオ
これらの工作が成果を生み、侵攻作戦の機が熟した段階で、以下のような非対称戦略で対日離島侵攻を実施するであろう。
その場合、以下の3つの目的とそれに応ずる侵攻シナリオが考えられる。
① 台湾進攻に先立ち、特殊部隊と1~2個師団規模の統合部隊で、台湾侵攻の北翼を日米の反攻から掩護するため、尖閣と先島を奪取、
② 台湾侵攻時または侵攻後に、同上部隊で、日米と台湾の連携を阻止し、台湾占領を容易にするため、尖閣と先島に侵攻
③ 太平洋に進出し、対米戦略態勢を有利にするため、同上部隊で、宮古水道南北の島嶼を確保
エ 作戦様相の進展
その際の、対日作戦様相は以下のように進展すると予想される。
① 民船を装い、海上民兵が尖閣諸島、先島の一部などに不法上陸させ、日本側海保、警察に武装抵抗し逮捕を拒否させる。
② 民船の船員を保護するとの名目で中国海警局警備艇を進出させ、日本側の海保警備艇などを、体当たり、銃撃による威嚇などにより強制排除させる。有人島に対しても、在留中国人保護の名目で強制上陸させるとともに、警備艇を強制停泊させる。
③ 無人島では、海上民兵が警備艇、その後進出した海空軍の掩護下に、迅速に防護用陣地を構築する。迅速に大型輸送機の空輸、大型強襲揚陸艦からのホバークラフト、ヘリなどにより、人員と装備、補給品を迅速に着上陸させ増援し、迅速にレーダ、対空・対艦ミサイルなどを展開し、自衛隊の奪回作戦対処の準備を行う。
④ 有人島では、秘密工作により組織化した協力組織に自治政権樹立、対日独立宣言、中国への保護依頼声明などを矢継ぎ早に出させ、それを名目に合法的に上陸占領する。反対住民は、中国公安が強制連行し、抵抗するものは殺害し、利用できる者は人間の盾に使用する。上陸部隊は全島を迅速に要塞化し、対空・対艦ミサイル、レーダ用陣地などを構築、島の周辺を海空軍で固め、自衛隊の奪還阻止態勢を速やかに確立する。
⑤ 自衛隊の派遣については、政治工作、外交攻勢を強め、努めて既成事実を受け入れざるを得ない状況に日本側を追い込む。この際、これまで育成してきた政財、マスコミ、学者、NGOなど各界の親中派、対中融和派を総動員し、日本全土で広範な戦争反対、自衛隊派遣反対運動を繰り広げ、政府に圧力を加え、存立危機事態の認定を阻止遅延させる。
⑥ 自衛隊の派遣阻止の政治・輿論工作が失敗し、自衛隊派遣が決定された場合も、努めて派遣準備を妨害遅延させる。このため、自衛官家族の反対、防衛関連産業への浸透破壊工作、基地問題・沖縄反戦運動を扇動する。
⑦ これらと併行し、必要に応じ、弾道ミサイルの近海への警告射撃、全面的なサイバー攻撃、特殊部隊による要人暗殺、破壊工作、襲撃などを首都圏と南西諸島を重点に実施し、住民の反対運動、一般国民の恐怖感を煽り、政府の抗戦意思を屈服させる。ただし、このような露骨な恫喝や破壊工作は、日本国民の反発と結束を招く恐れもあり、実施の時期と容量は慎重な検討を要する。
⑧ これらの工作にもかかわらず、自衛隊が派遣され、防衛出動が下令された場合は、まず自衛隊側の接近情報、米軍の動向を偵知するため、偵察衛星、無人機、早期警戒機、早期警戒管制機、潜水艦など、あらゆる手段を活用する。設定した防空識別圏を活用し、空軍機の自衛隊機に先立つ発進と初動からの航空優勢確保を追求する。
⑨ 海空及び中国本土の弾道・巡航ミサイルを島嶼奪還に向かう自衛隊艦艇、それを掩護する戦闘機に集中し、努めて洋上で撃破し、航空・海上優勢を維持確保する。沖縄・南西諸島の民間を含む空港港湾の破壊、必要に応じ西部九州などの空港、海空基地に対する先制奇襲攻撃を行う。
⑩ これに並行して、サイバー攻撃を、米軍、陸海空自衛隊の指揮通信統制中枢、日本政府と南西諸島の自治体、マスコミなどに集中的に実施する。また、特殊部隊により引き続き、南西諸島特に侵攻島嶼を重点に、襲撃、破壊、施設確保を実施する。この際、侵攻対象島嶼の空港・港湾の施設確保を重視する。
⑪ この間、海空優勢を維持しつつ、島嶼の防衛態勢を迅速に強化する。自衛隊側のミサイル攻撃、航空攻撃に対しては、島嶼周辺に強力な対空、対潜防御態勢をとり、島嶼到達前に撃破するに努める。このため、制空戦闘機の集中とミサイル防衛システムの陸海での展開を重視する。捕獲した住民を人間の盾として利用し、死傷者が出た場合は、国際放送を通じて宣伝し、日本政府と国民の抗戦意思を低下させ、日本への国際的支援を抑制する。有人島では学校、病院などの地下などに陣地を構築し、空爆や奪還を困難にさせる。被害が出れば国際宣伝に利用する。
⑫ 自衛隊の着上陸に際しては、着上陸時の弱点に乗じて、努めて早期に撃破する。このため、陸海空の統合火力、第二砲兵のミサイル火力の精密集中射撃を最大限に発揮する。
⑬ 自衛隊側の上陸部隊に対しては準備した陣地で頑強に抵抗するとともに、現地住民を最大限に盾として利用する。協力的住民には自衛隊の情報を収集させるとともに、必要に応じゲリラ的な抵抗運動をさせる。
⑭ 自衛隊の上陸部隊とそれを支援する海空戦力に引き続き、ピンポイント火力を集中し、後続部隊を阻止する。後続の遮断に成功したならば、孤立した自衛隊側上陸部隊に対し、反撃し海岸部に圧倒して殲滅する。
⑮ この間、国連安保理では強硬に日本側の固有領土に対する不法占拠非難を主張し、総会でも活発に支援獲得工作を展開し、日米を孤立させる。米国内の厭戦論、非戦論を盛り上げ、対日支援を拘束させる。
⑯ 米軍が対日支援行動をとる場合は、その行動が発令され、米中の本格的な衝突に至る前に、休戦交渉を米日に提起し、努めて有利な態勢での終結を図る。
⑰ 日本側が休戦を拒否した場合は、首都圏近海に核搭載可能な弾道ミサイルを撃ち込むなど、恫喝をかけ、日本側を休戦交渉に追い込む。その際、米国側に日本に休戦交渉に応ずるよう圧力をかけさせる。米国が応じなければ、グアム近海などにもミサイル打ち込みなどの恫喝を行使する。ただし、米国との本格的な軍事衝突はあくまで回避する。
なお、台湾侵攻がすでに開始されている場合と有人島侵攻の場合は、自衛隊がすでに上陸している可能性が高く、その場合は、⑬以降の作戦を当初からとる。宮古水道確保の場合は、有人島奪取は必要最小限にとどめ、通峡の安全を確保するために必要十分な無人島の奪取を追求する。
(2) 北朝鮮
北朝鮮は、①中国の南西諸島侵攻に連携し、自衛隊をけん制するため、対馬または北部九州に特殊部隊の擾乱、襲撃、ミサイル射撃を行う場合、②韓国への南進に連携し、対馬海峡での潜水艦攻撃、機雷戦、九州の海空自衛隊基地に対するミサイル攻撃、特殊部隊攻撃を実施する場合の2つのシナリオがありうる。いずれも限定目標の攻撃となる。
(3) ロシア
ロシアは、北朝鮮と同様の限定目標の攻撃、またはミサイル、特殊部隊の非対称攻撃を、主として道北、一部道東で実施する可能性がある。